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〜日本でのTOEFL®テスト40年を振り返って〜

現在180カ国(*1)以上の国で年間約72万人(*2)が受けているTOEFLテスト。そのスコアは全世界の5,000以上の機関に利用されており(*2)、なお増えつつあります。2005年の9月から(日本では2006年5月開始予定)次世代(インターネット版)TOEFLテストが導入されたことを受け、40周年を迎えたTOEFLテストの歴史を、開発の経緯・データ・当時のエピソードなどを交えながら、シリーズで振り返ってみたいと思います。

*1
TOEFL® iBT Tips; ETSより
*2
TOEFL® Information and Registration Bulletin2005-2006(PBT、CBT用)より

第9回 「コンピュータ版TOEFLテスト(TOEFL-CBT)日本上陸」

TOEFLテスト 2000年10月、ついに日本でもコンピュータ版TOEFLテスト(TOEFL-CBT)が開始されました。開始から2001年6月までの8ヶ月間のTOEFL-CBTの受験者数は60,746人(*3)でした。

従来のペーパー版TOEFLテストに比べ、コンピュータ版TOEFLテストは主に以下の点が改良されたといわれています(*4)。

受験者のレベルによって問題の難易度が変わるComputer-adaptive形式の導入(Listening Structureセクションのみ)
Writingセクションの追加 (注:ペーパー版TOEFLテストではTWE®(Test of Written English)にあたる)
予約をすればいつでも受けられる(祝・祭日以外)
割り当てられたコンピュータでの受験により、静かで隔離された空間での受験が可能
非公式(ライティングセクションを除いた)のスコアをテスト後すぐに確認することができる
スコア送付先に公式スコア票が送付される時間が短くなった

日本では現在まで、コンピュータ版TOEFLテストとともにペーパー版TOEFLテストも継続して実施されています。

*3
'TOEFL Test and Score Data Summary' 2001-02 Edition; ETSより
*4
'TOEFL Test and Score Data Summary' 1999-00 Edition; ETSより
写真:
'TOEFL Test and Score Data Summary' 1999-00 Edition; ETSより

当時の日本

 2000年は、2000年(Y2K)問題でコンピュータによる誤動作の発生が懸念されましたが、大きな問題もなく終結しました。また、有珠山、三宅島と火山噴火が相次ぎました。文化・スポーツでは、2000年にシドニーオリンピックが開催され、柔道では田村亮子(現 谷亮子)選手をはじめ4名が、マラソンでは高橋尚子選手が金メダルを取る活躍をしました。

*3
http://ja.wikipedia.org/wiki/より
画像
http://www.olympic.orgより

当時を振り返って
  今回は1991年から1995年まで当協議会(CIEE) TOEFL事業部で勤務されており、現在大阪大学工学研究科の専任講師をされている芦沢真五先生にお話を伺いました。

大阪大学工学研究科専任講師(留学生相談部主任)
* * * * *

東京都社会福祉振興財団、CIEE東京事務所勤務を経て、1995年よりフルブライト奨学生としてハーバード大学教育学部(修士課程)に留学。
慶應ニューヨーク学院でインターンをしたのち、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスに勤務。2002年4月より現職。

大阪大学の留学生や地域の外国人を主な対象とするオンライン・コミュニティー、GCN(Global Campus Net)Osakaを主幹している。

専門:
国際教育・比較教育。
大学の国際化を促進するためのシステムや評価プロセスを研究している。国際教育交流協議会(JAFSA)監事。
趣味:
クラシックバレエ

−芦沢さんの入社当時はまさにTOEFLテストの受験者増加のピーク時だったと思いますが、当時を振り返って強く心に残っていることをお聞かせください。

 1991年7月に私がCIEEに勤務して最初に直面したのは、TOEFLテストの1000名を超える大量リジェクトでした。リジェクト(Reject)というのは用意した試験会場が足りないため、締め切り前に申し込みをしたにも関わらず、受験をお断りする手続きのことです。当時東京や大阪では毎月のレギュラー会場では足りず、締め切り後に臨時会場を設営して試験をしていました。臨時会場というのは、民間の施設や学校の教室だけを借りて、CIEE TOEFL事業部が個別に契約したスタッフの方々に試験を実施していただく試験会場です。その臨時会場でも足りなくてお断りすることが常態化していました。しかし、1000名を超えるリジェクトとなると、苦情処理、返金、翌月への振替など、厖大な業務が発生してそれだけで当時のTOEFL事業部の業務はパンク状態でした。私の仕事のメインはとにかく「リジェクトを一切出さないこと」と理解し、試験会場開拓に奔走しました。その後、結果的に退職するまでの4年近くの間、一度もリジェクトを出さずに済んだことは当時のスタッフのチームワークの成果でしたし、私自身にとっても誇りです。またTOEFLテストの仕事をさせていただいたおかげで全国の大学関係者、英語教育関係者、国際教育関係者の方々と交流を持つことができました。TOEFLテストのスーパーバイザー(試験実施責任者)として関わってくださった皆様には今でも感謝しています。また、現在の仕事にもつながる人脈として多くの方と知り合いになり、個人的な友人として今でもお付き合いがある方々もいます。あらためて感謝申し上げます。

−臨時会場の設営およびスタッフの確保に関して、苦労された点や特に気をつけていたことは何ですか。

 かなりの努力をしても100人の会場を新規開発するのはとてもエネルギーを要します。ですから、どうしても大都市圏では臨時会場をセットしないと間に合いません。私は年間の受験者予想を立ててあらかじめ臨時会場を押さえる方法をとりました。東京などでは8月と2月に会場不足が顕著です。8月は大学などが夏休みであること、冷房のある教室が少ないなど本当に会場が足りませんでした。2月も入試シーズンなのでこれも会場不足です。もっとも会場費がかかったケースとしては、幕張メッセ、パシフィコ横浜などの会議場をつかって600人という規模で試験を実施しました。リジェクトすると大変な混乱とコストがかかると説明し、米国ETSに特別予算を認めてもらいました。臨時会場を運営していただいた先生方にも大変感謝しています。500人規模の試験実施責任者になるのは本当に神経を使うものですが、毎月のように会場を変えながら、試験をしていただいたことは本当にありがたかったです。

−大学の先生方と交渉をスムースに進めるために、芦沢さんが一番力を入れられていたことを教えて下さい。

 ただでさえ忙しい先生方に「TOEFLテストを実施してください」と説得してまわるのは骨が折れます。営業の基本として地道に足を運びました。しかし、大学の先生方、特に英語の先生方に試験を運営していただくわけですから、ただ単に営業するというより、きちんと勉強して先生方が必要とする情報をどんどん提供していくことも重要ではないかと思いました。学会などでブースを出すだけでなく、英語教育や試験そのものについて最新の情報を集め、「この人と話しているとETSや他大学の情報だけでなく、自分に必要な情報が入ってくるな」と思わせるくらいでないといけないと思いました。現実にそのとおりできていたかは別として、学会はもちろん、小さな研究会やセミナーにもこまめに顔を出すようにしていました。

−会場開発における米国ETSとの交渉はいろいろと難しいことがあったと聞いていますが、苦労された点、スムースに交渉するために心がけていたことは何ですか。

 米国ETSは巨大な「官僚」組織なので、日本の事情にはおかまいなしにアメリカ側のポリシーを押し付けてきます。認可された学校(学校教育法第一条に規定する学校)やインターナショナル・スクールなどの機関を前提にテスト会場を開発することが求められていました。語学学校や予備校については、TOEFLテストの会場校になることによって宣伝に使われる危険性があることや、試験問題を預けることについて対外的なリスクが生じることなどから、かなり厳格なルールを設定していました。このようなルールの例外として、臨時会場として予備校などを使うことを理解してもらったり、幕張メッセなどの高額な臨時会場を認めてもらったり、臨時会場の試験問題管理に警備会社と契約することを認めてもらったり、と様々な交渉を重ねました。ETS担当者が日本に来るたびに、会場校を見てもらったりして日本の事情を理解してもらえるように努めましたが、関係者の努力により十分な理解を得ることができたと思います。

−当時のTOEFL事業部での仕事を通して、今も心に残っていることや今のお仕事に活かせていることなどがありましたらお聞かせ下さい。

 面白い体験は数え切れないくらいあります。自分はいま大学の教員をしているのにこんなことを言うのも変ですが、大学の先生は概して個性が強くて一般の勤め人の「常識」が通じないことも時には起こりました。個々のケースを披露するわけにはいかないですが、大学の中のコミュニケーションや物事に決め方がまだまだ特殊な方法をとっていることは事実です。今でもそのことで様々な壁にぶつかっていますが、逆に自分がそのことに慣れすぎていくのが怖いと思うことはあります。当時からTOEFL事業部はスタッフ同士のチームワークも良く、仕事も就業後の飲み会も同じくらい(?)真面目にこなしていたと思います。学会や新規会場のオリエンテーションなどで日本の各地に出張でまわったりすることも多く、楽しい思い出が数多くあります。TOEFL事業部での職務経験は今の仕事にとても役立っていますが、むしろ、そこで得られた交友関係のほうが貴重な財産だと思っています。

−ありがとうございました。
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お知らせ:

2005-06年度に予定されていたペーパー版TOEFLは、全て申し込みを終了しました。

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