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TOEFL Mail Magazine Vol.43
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日本でのTOEFLテスト40年を振り返って
第8回:「コンピュータ版TOEFLテストの誕生」
現在180カ国*1以上の国で年間約72万人*2が受けているTOEFLテスト。そのスコアは全世界の5,000以上の機関に利用されており*2、なお増えつつあります。今年の9月から(日本では2006年5月)次世代(インターネット版)TOEFLテストが導入されたことを受け、40周年を迎えたTOEFLテストの歴史を、開発の経緯・データ・当時のエピソードなどを交えながら、シリーズで振り返ってみたいと思います。

*1
TOEFL®- iBT Tips; ETSより
*2
TOEFL® Information and Registration Bulletin 2005-2006(PBT,CBT用)より
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TOEFLテスト第6回では、1990年になってようやく定期的に発行されるようになったデータ資料についてお伝えしました。
1996年からはこのデータ資料も"Test and Score Data Summary"という名称で定着し、毎年7月から6月の間のデータをまとめた冊子として、現在も同じ形式で発行されています。1997年には1年間の日本人の受験者数は約15.5万人と、留学ブームもピークに達しました。

1998年7月には、コンピュータ版TOEFLテストが米国・カナダ・ヨーロッパなどで先行導入されました。このコンピュータ版TOEFLテストへの移行は、より複雑な技能の測定を、コンピュータを用いてさらに拡大するという長期のゴールに向けた、大きなステップでした*3。

*3
'TOEFL Test and Score Data Summary' 1999-00 Edition; ETSより
写真
'TOEFL Test and Score Data Summary' 1999-00 Edition; ETSより

 

 
 当時の日本

1995年は、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件などが起こり、社会不安が広がりました。また1997年には大手証券会社や銀行が相次いで倒産し、終身雇用を前提としていた日本企業にも変化が見られるようになりました。
一方、相撲界では若貴兄弟が全盛を誇り相撲人気が高まりました。また、1996年にテレビゲームとして発売された「ポケットモンスター」が1997年にはアニメ化され、小中学生を中心にゲームもアニメも爆発的な人気を博しました。現在大人気のたまごっち第一次ブームも、この時期でした。(*http://ja.wikipedia.org/wiki/より)


【画像:こちらより引用】

 
 当時を振り返って

今回は前号に引き続き、当時、TOEFL事業部で受験者の受付業務および受験者対応を担当していた2名にお話を伺いました。

Sさん:
受験者対応、受験票、スコアの送付と申込用紙受付業務担当
Nさん:
不備申込用紙の返送、返金処理、臨時会場での実施補助と申込用紙受付業務担当
 
当時、会場数がかなり多かったですよね。会場のリクルートや実施の手配はどのようにされていたのですか。
Sさん 当時会場を探すのは大変だったと記憶しています。先輩スタッフで実施会場を探してくる業務を担当していた人がいるのですが、ほとんど事務所にはいませんでしたね。1992年当時、受験者は増えてきていたものの、TOEFLというテスト自体の認知度は今よりも低いですから、実施会場を探すのは、それこそ「足」で稼ぐという感じだったのだと思います。
Nさん 私が入社したとき、TOEFL事業部の先輩方はみなさん「電話作戦」を実行中でしたよね。(笑)
Sさん そうだったね。(笑)
大学や短期大学にTOEFLテストの会場になってほしい、という依頼の電話をかけたんですよね。ツテがあるわけではなく、また今のようにインターネットも普及していませんでしたから、本などで英語に力を入れている大学や短期大学の連絡先を調べて、とりあえず興味を持っていただけるかどうかを電話で確認する。その後、興味を示して下さったところに、会場開発を担当している先輩スタッフや部長自らが直接訪問して話を詰める、という流れでした。
Nさん 私は入ったばかりで何もわからなかったのですが、いきなり何件か電話をかけることになり、話を聞いてもらうのも苦労したのを覚えています。先輩方はこうやって会場を探しているんだなぁと大変さを実感しました。
Sさん 会場をどのように手配したかというと、会場には既存会場と臨時会場の2通りありましたので、それにより手配の流れは異なりましたね。既存会場は予めETSと契約を結び、年間のスケジュールで使用教室や、収容人数などの予定を組んでいただいているので、それに基づいて試験が近くなると手配を進めます。臨時会場は既存会場で受験者が収容できない場合に手配が発生しますが、関東や近畿、福岡などは慢性的に会場が不足していましたので、受験者の多い月は事前に数ヶ月分を手配していました。なんと東京、神奈川、千葉、埼玉での受験希望者の臨時会場での収容者数割合は、年間平均で全受験者の60%、多い回では80%を超えることもあったんです。
Nさん 臨時会場で使用する会場はその地域である程度決まってしまいます。音響設備があるところ、大人数を収容できるところなどですね。臨時会場の場合は、会場はもちろんですが、スーパーバイザーも私たちCIEEで手配しなくてはなりませんでしたし、音響も会場によってはビルトインしているものでは不十分なため、外部の音響機材を扱う業者に依頼して、機材を借用していました。

Sさん

既存の会場にはETSのあるプリンストンから直接テストマテリアルが送付されますが、臨時会場はCIEEで手配しているため、テストマテリアルがCIEEの事務所に届きます。試験日までにそれを会場に届ける手配も必要でしたね。当日まで厳重に管理し、現金輸送同様のセキュリティーで配送してましたよね。会場によっては事前に送ることができないところもあり、臨時会場のスーパーバイザーにTOEFL事業部まで実施日当日に取りにきてもらったりしていました。
Nさん 土曜日実施の場合は、午前の開始だったので、臨時会場のスタッフの方々は朝早くから大変だったと思います。
   
毎月テスト実施がある中、また試験会場の数が多かった中で会場とのコミュニケーションはどのように取られていたのですか。また試験当日に問題が発生した場合はどのように対応していたのですか。
Sさん 当時の通信手段は電話とFAXでしたね。現在のようにEメールやインターネットが通信手段として使用できるようになったのは6年前くらいからだったと思います。ですから、実施前の連絡は、監督者の先生がつかまるまで何度も電話をかけました。急ぎの場合などはご自宅にまで電話したりしていましたよ。携帯電話も無かったですしね。しつこいくらい何度も確認をして、当日の実施に問題が起こらないようにしていました。それでも、試験当日は何が起こるかわからないものなんですが…。
Nさん 試験当日は受験者からの問い合わせ用の回線の他に、会場のスーパーバイザー(試験監督責任者)からの問い合わせ専用の回線があり、それぞれに対応するスタッフがある程度決まっていました。私は試験当日に会場に詰めているケースが多かったのですが、事務所待機の場合は受験者専用の電話を担当していました。
Sさん 当日に発生する問題も本当に様々ですから、すべて実施中にTOEFL事業部に連絡が来る、ということではなかったはずです。TOEFLのスーパーバイザーはどの会場の監督者の方も、実施に大きな影響がないトラブルは臨機応変に対応してくださり、私たちには事後報告という流れも多かったです。だからこそ、監督者用の電話が鳴って、それを取るときは緊張しましたね。
Nさん イコール何か特別な問題が発生したかも、ということですからね(笑)
Sさん 本当にTOEFLのスーパーバイザーの先生方は冷静で、客観的に試験を実施してくださる方ばかりでしたので、電話でトラブルの報告をしているときも、その内容や様子は的確で、何が、いつ、どのように起きたのかがすぐにわかるように報告してくださるので、私たちも最初に電話を受けて話している時はドキドキと緊張しているんですが、話しているうちにこちらも冷静に判断することができました。
Nさん 実施中に起こる問題、というのはある程度パターンに分けることができます。その中でどのように解決するかというのは、当日の状況や、環境により一番ベストな方法をスーパーバイザーと一緒に考えながら導く、という流れでほとんどの問題はとりあえず、その日は解決ということに落ち着きましたね。
Sさん その日はとりあえず報告だけしてもらい、後はETSの判断というケースもありました。この場合は、スーパーバイザーに当日起こった問題についてレポートを出してもらい、それをETSに送ってもらいます。私たちからもETSに報告を出したほうがいい場合は主にFAXでレポートしました。会場側と私たちCIEEからとの報告を併せて読んでもらうことで、ETSには当日の状況や環境ができるだけわかってもらえたと思っています。受験者のみならずスーパーバイザーや私たちも納得いかない判断がETSから下りてくることは多々ありましたが、できるだけ詳細にわたる報告を出すように努めていました。
   
試験監督者に対してのオリエンテーションや、研修などは定期的に行っていたのですか。
Sさん 新しく会場になってくださるスーパーバイザーやスタッフの方々には、事前にオリエンテーションを行います。できるだけ当日の実施の流れに沿って、実際に解答用紙のインストラクションの部分をテープで流し、本番さながらのオリエンテーションを行いました。
Nさん

研修ですが、1992年から1995年くらいの間に「Supervisor's Workshop」を開いたことがあります。1回目はTOEFL事業部10周年記念の時ですね。ETSからもスタッフが来日するということで、スーパーバイザーの方々を招いて、レセプションをしました。その前にWorkshopを行いました。2回目はこの2年あるいは2年半後だったと思います。やはりETSスタッフに来日してもらい、スーパーバイザーを対象に行いました。いずれもテスト実施当日のイレギュラーの対応が話題になっていたと記憶しています。

当時行われたWorkshopのアジェンダ(ETS作成)およびパケット
【当時行われたWorkshopのアジェンダ(ETS作成)およびパケット:当事業部保管】

Sさん どちらも東京で開催したのですが、地方からもわざわざ来ていただき、いつも電話を通してしかお話していないスーパーバイザーの方々とFace to Faceでお話できたことは有意義でしたし、その後のコンタクトもスムーズに行うことができ、私たちスタッフにとっても大変意味のあるものでした。
当時のTOEFL事業部での仕事を通して、お二人が学んだこと、今も活かせていることなどがありましたらお聞かせください。
Nさん 私はほとんど新入社員のような形で入ってきたので、今の私が仕事上で思うこと、考えることはその当時の上司や先輩方の影響か大きいですね。私のような新入社員にも最初から自分で考え、自分で判断し、責任を持つことの大切さを教えてもらいました。またスーパーバイザーの方々と接している中でも、多くのことを教えていただき、テストを通して色々な方と接し、学んできたことはたくさんあります。その学んできたり、教えてもらっていた過程で、当時はずいぶん厳しいというかコワイ先輩たちでしたが、実はかなり暖かく見守って下さっていたんだなと、やっと今感じていたりします(笑)。
Sさん まず、このテストはスーパーバイザーをやってくださった先生方をはじめ多くの関係者の多大なる理解と協力なしには成立しないテストだということです。特に、何か問題が起こった時、先生方には全く非が無いにも関わらず、どんなに大変な目にあわれてもまず一言目が「受験者のために・・・」というお言葉でした。そして、現場の先生方が一番大変なのに、その後決まって事後処理をする私たちCIEEスタッフを気遣う言葉をかけてくださり、本当にいつもその言葉に助けられました。こんな時は、電話で相手が見えないのに、いつも自然と頭が下がりました。このようなことを通して学んだ事は、仕事に対してはまず何事も冷静に接し、そしてどんな時も状況を正しく理解し正しいを判断する力をもたなければならないということです。
そして、Nさん同様一スタッフとして責任を持つことを教えてくださった先輩方に感謝するとともに、いつも真っ先に苦情の電話を取らなければならなかった電話対応のアルバイトスタッフの方々の存在も私にとっては偉大です。いつも影で支えていただいたことに心から感謝しています。
つまり、長年のTOEFL事業部勤務から学んだことは、何事も一人では成立しない、協力、理解しあうことなく事は成し遂げられないということですね。
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