対談

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今回は体験談の特別編として、大学2年生の夏休みにチェコとドイツの2つの国際ボランティアプロジェクトに参加した学生さんと、大学生だった時エストニアとフランスの国際ボランティアに参加したCIEE職員との対談をご紹介します。

  • 【学生】種村 吉洋 さん / 日本大学 / 生物資源科学部 / 3年
  • 【社会人】 甲斐 愛望 / CIEE国際交流事業部 / コーディネーター / 社会人5年目

種村さんが参加した国際ボランティアプロジェクト

各国から集まる仲間と寝食をともにし、国際交流をしながら、ボランティア活動を通じて社会や人々に貢献できる国際ボランティアワークキャンプです。第1次世界大戦後、それまで敵対していたヨーロッパ諸国の若者たちが、国境を越えて共同生活を送りながら協力して、戦争で破壊された農地や街を再建する平和活動をおこないました。これが国際ボランティア ワークキャンプの起源と言われています。その後、この国際ボランティアの活動は世界中に広まり、建物の修復、社会福祉、環境保護など、活動の分野も多岐にわたるプロジェクトが開催されるようになりました。CIEEでは、1995年からこの活動に参加し、現在、ヨーロッパを中心に世界約30か国の国際ボランティアプロジェクトに日本人の参加者を送り出し、同時に日本国内で世界中からのボランティアを受け入れるワークキャンプを開催しています。>>詳細はこちら

日本と海外の差は、あんまり感じませんでした

甲斐さん(社会人)   昨年の夏休み、国際ボランティアに2プロジェクト連続で参加されて…今どんな学生生活を送っていますか?

種村さん(大学生) 学部は生物系なんですけど、生物が好きで入った割には研究者になりたいな、と今はそこまで思っていなくて…国際情勢に関われる仕事に就けたらいいなって思っています。正直具体的に決まってないんですよね、国際ボランティアで刺激を受けたら、研究する方にいくのか、海外の方に行くのかをしっかり決められると思ったんですけど、実際終わってみてそこまで変わることはなくて、やっぱりまだ分かんないなと思って。

甲斐さん(社会人)   一周してやっぱり分かんないなと言う感じですか?それともそこに関する刺激はあんまりなかったのかな?

種村さん(大学生) 刺激はすごくありました!ただ、海外にすごく特別な意味を求めて行っちゃったところがあったんですよね…海外ボランティアに行きさえすれば、すごい刺激が得られて、人生の価値観が変わるだろう!みたいなことを思っていたんです。実際は、自分が喋れる英語だけでも十分通じたし、現地の人の生活は自分には全く関係のない切り離されたものだと思っていたんですけど、一緒に生活しているうちに、彼らには彼らの生活があって、僕たちにも僕たちの生活があって、住んでいる場所が違うだけで、やっていることや生活している時の気持ちは一緒だから、日本と海外とか、あまり区別はないんじゃないかなと思い始めて…、日本も世界の一部で、世界全体からみたら、たまたま僕が今回日本という国からチェコやドイツに行っただけであって…大きなことをしたと思っていたのに、実際はそこまで特別さを感じられなかったんです。

甲斐さん(社会人)   正直にありがとう(笑)そういう発見があったんですね。ちなみに、ですが、世界に出た時に「違い」の方が際立って見える人っていうのもいるんですよ。「日本との違いばっかりが気になる!」みたいな。種村さんの場合、どちらかというと同じ部分や、似てるなという方をより強く感じたみたいですね。私の感覚なんですけど、種村君は、今第2段階にいます(笑)第1段階は、初めての国際ボランティアの参加で、違いをたくさん知って、違いにたくさん初めて出会って驚く人が多いんですよ。第2段階は、「あんなに違うと思っていたけど、よくよくみたら同じじゃん」っていう段階!私、勝手にそう思っていて。多分それはもともとの経験値とか度量、あと英語力とかで、その気持ちになれたと思うんですよね。もっと経験値がなかったり、もっと自信がなかったり、もっとつらい悔しい思いの幅を感じた量が多いと、「違い」の部分に大きい感情を持って帰ってくる人が多いかなと思います。自分の経験と、他の人の話を聞いた自分なりの分析なんですけど(笑)ちなみに、種村さんは1プロジェクト目よりも2プロジェクト目の方がより共通点を強く感じましたか?

種村さん(大学生) 特にそうでもないです。結構甲斐さんには帰国後に話したと思うんですけど、期間中一回も怖いとか日本に帰りたいとか思ったことはなくって。携帯壊れちゃったりとか、あと途中でお金が無くなって、4日間ぐらいお金なしで過ごしたりもしました。言えば助けてもらえるし、どこに行けばいいか分かんなくってもメモ帳とペンさえあれば、何とかなるし、って思って…。期間中ずっとそういう状態だったんで、あまり焦ることもありませんでした。海外の人が相手でも、現地の言葉で元気にあいさつして、困っているって言えばちゃんと助けてくれる、そこにあんまり日本と海外の差は感じませんでした。

国際ボランティア5

行き当たりばったりなおかげでできたこと

種村さん(大学生) 本当はもっとしっかりとした準備をしていくべきだったと思うんですけどね。あ、ちなみに最初ホテルの場所が全然分からなくて、チェコのプラハ空港に着いて、空港の人にメモと写真を空港の人に見せて、「ここに行きたいです」って(笑)

甲斐さん(社会人)   モデルケースにもっていきづらいんですけど(笑)その都度その都度、臨機応変に自分でも多分今振り返っている以上に冷静に判断してたり、ちゃんと考えてやれてたから大丈夫だったんでしょうね。後、ポジティブな性格も含めて…。国際ボランティア向きの人ですよね。

種村さん(大学生) 行き当たりばったりだし、何回もピンチになってるし…。このインタビューの話がきた時、僕は務まらないんじゃないかなってちょっと思っちゃいました(笑)

甲斐さん(社会人)   ピンチの話は面白いけどね。私は好きですけど。何とかなるんで準備しなくていいですよ、とは言いませんが、万が一の時でも、「こんな風に対処できますよ」っていうケースにはなるので。

種村さん(大学生) でも、あまり決めなかったおかげで良かったこともあったんです。一つ目のチェコのボランティアが年代近い人が多くて、終わったら皆でプラハのホステルに泊まろうっていう話になったんですけど、そこでもともとホテル取っていたら多分一緒に泊まれなかった。自分がボランティア行く時、もともと仲良くなった人と何日か一緒に泊まれればいいなって思って宿決めてなかったっていうのもあったんで、ボランティアが終わってからも皆でホステルに泊まって…一番長い人で、5日間ぐらい一緒にプラハで過ごしました。それは行き当たりばったりなおかげでできたことかなと。

甲斐さん(社会人)   何か、観光の思い出はありますか?

種村さん(大学生) はい。その人がタトゥを入れに行くところを一緒にみました。その人はスペイン人だったんですけど、「記念にプラハでタトゥ入れるわ!」みたいなノリで。文化ですよね。自分もタトゥ入れたかったなって一瞬思ったんですけど、人が横で入れるのを見ていたら、両親の顔が浮かんだので…・「やっぱりやめよう」って思いとどまりました。

甲斐さん(社会人)   私も種村さんと同じパターンで、ボランティア終了後の宿泊先は決めずに渡航しましたね。ただ、ここ2~3年は、ボランティア終了日の翌朝の便で帰国するみたいな人も結構多くて…。プロジェクトが1日~15日だったら、観光はその間で行くっていう頭しかないっていうか、「どうしたらいいんだろう」って考えるまでもないっていうか。もったいないけど、けど推奨することでもないし、なので何かのイベントの時に、こういうエピソードが話せたら、自分の責任でそういう選択をする人がもっと増えてもいいなと思います。 海外で友達とか仲間とかの作り方というか…「一緒に観光しない?」っていうのも勇気が必要ですよね。種村さんが、そこまでの仲になったタイミングというか、きっかけとか、あの日から変わったなっていう、そうゆう感覚ってありましたか?

国際ボランティアたちだけで過ごした時間 ~コロナビールと早口言葉~

国際ボランティア2

種村さん(大学生) チェコのボランティアのメインは、キャンプ場で障がいを持っている子供をサポートすることでした。キャンプ場での活動が始まる前に、別の施設の家で国際ボランティアの人達だけで3~4日間、一緒に過ごす期間があったんです。その時、今後のボランティア活動についてのレクチャーを受けつつ、どうゆうふうにやっていくとか、あとチェコ語のあいさつを皆で練習しました。「こんにちは」は「ドブリデン」です。今も覚えてます。

国際ボランティア6

この期間に皆が自然と仲良くなることができました。他にもみんなで手を繋いで鬼ごっこをしたり、ボーリングに行ったり、現地の観光名所を回ったり、自国の手料理を振舞ったり、お酒を飲みながら夜更かししたり…そういった日本にいる友達といつもしているようなことをして打ち解けていきました。

国際ボランティア

もともと日常会話の英語力はそこそこにあったと思うんで、それのお蔭だと思うんですけど、普通に会話できました。あと、日本じゃあり得ないですが、ヨーロッパの人たちは何杯かお酒を飲んでから運転することが珍しくなく、その文化について話したのが面白かったです。

運転する直前に、酔っぱらっているか、酔っぱらってないかのテストをするための早口言葉があるんですが、それぞれの国で早口言葉が違って。それを皆が頑張って舌を噛みながら別の言語の発音に挑戦したこともありました。「日本でも何かないの?」と聞かれたときは、思いつかなかったんで、頑張って「寿限無寿限無(じゅげむ、じゅげむ)」って(笑)寿限無がすごい受けたんですよ。音が面白かったみたいです(笑)「なまむぎ、なまごめ、なまたまご」とかも挑戦しようとしたんですけど、自分が噛んじゃって(笑)

甲斐さん(社会人)   それ、ダメダメじゃないですか(笑)ちなみに、他国からのボランティアとはどんな話題で盛り上がりましたか?

種村さん(大学生) 海外の人は簡単な言葉も難しい言葉も当たり前のように英語で話せるんですけど、僕が日常会話的な英語しかできなくて。勉強のことは専門的な話になると全然話が続かなかったので、学校や将来の話は深くできなかったですね。あと、宗教の話も全然できなくて。「日本の宗教ってどうなの?」って聞かれて答えられなかった。現地の海外ボランティアの人同士で話しているのを聞いても、専門用語が多くて全然分からなくて。そこはすごく不甲斐なかったです。

甲斐さん(社会人)   なるほど。ちなみに、日常会話的な英語は、どこで身につけられたんですか?

種村さん(大学生) 子供の頃から英会話が好きで。両親のおかげなんですけど。小学校の頃に、自宅でカナダの女の子をホームステイさせてあげたことがあったんです。他には、座間にある米軍キャンプにも連れてってもらいました。両親が国際的な方に自然と目が向くようにやってくれたんで、その影響がすごく強いと思います。あと、小学生のとき英会話スクールに通っていました。他には、バイリンガルな日本人の先生がやっている英語塾に行ったり、大学1年生の頃は大学でやっているキャリアイングリッシュっていう英会話の教室に一年間通ったり。もともと英語が好きなのもあって、自分が英語得意だなって感じる面も授業の時にはありました。「ここを伸ばせば、こうなるかな」と考えながら。

甲斐さん(社会人)   国際ボランティアのメンバーは、話す量も多いでしょう。力試しになりましたよね。自信になったんじゃないですか?

国際ボランティア3

種村さん(大学生) そうですね。ドイツでもチェコでも、すごく早口でした。日本で会う外国人は、喋りやすく、聞き取りやすくしてくれるので、問題ないですけど、これ英語なのか、みたいな英語を話されて聞き取れない時とか、自分が会話に入れない時とかに力の足りなさを感じることがありました。

あと、そういう状況の時、「日本ではどうだろう?」って置き換えて考えちゃって、日本でも自分が全く知らない話だとか専門用語ばっかりだったら入っていけないし、日本語でも喋ってる人だったり、滑舌が悪い人だったら、聞き取れないなぁって。

甲斐さん(社会人)   確かに!同じ日本人・日本語同士でも、いきなり地方の訛りの強いおじいちゃんとは話せないですもんね。

種村さん(大学生) そうなんです。だから、あんまりここも日本と海外で大差はないなと思って。あんまりへこみませんでした。

それでもあった「嫌だな」と思ったときのこと

甲斐さん(社会人)   面白い考え方ですね。逆にへこむときってどんな時なんですか?

種村さん(大学生) へこむとは違うかもしれないですが、グループが「ヨーロッパ系」と「アジア系」に分かれてしまったとき、辛いなと思いました。一番嫌だなって思った時は、チェコで皆で観光してる時(ジョンレノンが亡くなった時に作った、ジョンレノンの壁の前で集合写真撮ろうとなった時)最初は皆で撮ったんですけど、その後に僕たちが気づかない間にヨーロッパ系の人だけが集まって写真を撮っていて。みんなで作ったインスタグラムのグループがあったんですけど、皆がいるところには皆がいる写真を載せているんですけど、それとは別にヨーロッパ系の人達だけのグループもあったらしく、そこにはヨーロッパ系の人だけが映っている写真が掲載されているのを見てしまって…。何人かがその写真を携帯のロック画面写真に使っているのを見つけてあんまりいい気分はしなかったですね。
甲斐さん(社会人)   なるほど…ちなみに、それって大人同士でもありますね。私たちが、国際会議に参加したときも、似たような現実があります。両方あるんですよね、民族や文化の「違い」という面で配慮してくれていたり。やっぱり、そこまで仲良くなりきれてない人の写真をSNSで上げるのはどうかなって、思ったり、この人達だったらあげても大丈夫だろう、文化的にも似てるし…とか。差別とかって思ったりしちゃうときもあるけど、逆に配慮、という場合もあるから、種村さんの場合の写真はどうでしょうね、腹を割って話そうか、みたいにはならなかった?

種村さん(大学生) 触れられなかったですね。最初はショックだったんですけど。アジア圏からの参加者の人たちも言わなかったですけど、感じてはいたと思います、どこかで。

甲斐さん(社会人)  自分がそういう経験をしたから自分は逆のことしないようにしたいと思ったりしない?

種村さん(大学生) それは思いましたね。ヨーロッパ系とアジア系に分けられて、最初はちょっとショックだったんですけど、ある程度しょうがないことかな、って思ったり、文化の違いだったり、あと何かあった時に日本に置き換えると、日本でもウマが合わない人でもグループが自然に分かれちゃうし、日本でもよくあることかなって思って立て直してまた頑張りました。

甲斐さん(社会人)  国とか意識するから一瞬そう考えちゃうけど、一個人で考えたら、自分の周りにもあるなっていうことですね。消化の仕方がすごいですね。素晴らしい!ちょっと今私種村さんから勉強しなおさせてもらっていますよ(笑)

国際ボランティア4

種村さんと甲斐さんの会話は、まだまだ続きます!!

 

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