For Lifelong English

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慶應義塾大学鈴木佑治先生
  • 右:慶應義塾大学名誉教授 鈴木佑治先生
  • 左:国際教育交換協議会(CIEE)日本代表部
      事業統括本部長 根本斉

TOEFL® メールマガジンからTOEFL® Web Magazineにおける鈴木佑治先生のFor Lifelong English100号の掲載を記念し、鈴木佑治先生と国際教育交換協議会(CIEE)日本代表部事業統括本部長の根本との対談をお送りいたします。

これまでを振り返って ―前編―

根本:
2016年11月号をもちまして『For Lifelong English』が100回を迎えることができました。鈴木先生には長年の寄稿を心より感謝申し上げます。
今回は2回に分けてこれまでの記事を振り返りながら、日本の英語教育が直面している問題やこれからに向けてのお話をお伺いたします。まず『For Lifelong English』の前身である2005年からスタートした『e-Learning in Action』からお話を伺いたいと思います。早速ではございますが、すでに10年以上前にe-Learningに着目されてご寄稿いただいておりますが、その当時の先生のご活動・ご研究についてお聞かせください。
鈴木先生:
私は1990年に慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(以下、SFC)の環境情報学部に移籍しました。SFCは総合政策学部初代学部長の加藤寛先生を中心に、「問題発見解決」の理念の下、40年、50年後の知の変革、それに伴う研究や教育の変革を探求するという壮大な目標を掲げて発足しました。

1990年と言えばインターネットが世に出始める頃で、その先端を走るスタンフォード大学はすでにオンライン化が進み、キャンパス内ではE-mail交信などは日常化していました。それを模してSFCもオンライン化されたのですが、日本では最初の試みでした。要は、新しいメディアの導入で知が変革し、それに符合した教育や研究の在り方を問うことになったのです。

私のようなコンピュータに不慣れな教員も必然的にコンピュータを使わざるを得ない環境に置かれたわけです。E-learningは、コンピュータ・サイエンス関係の科目や外国語科目とりわけ英語がその先陣を切ったことから、私の英語教育と言語・コミュニケーション論に関する研究の主要テーマになりました。ですから『e-Learning in Action』を執筆することになった2005年には、すでに15年もe-learning活動をしてきておりました。学生とともに行った15年間のe-learning活動の量は膨大で内容も多様でした。コラムではインターネットで様々な国と英語で交流したことなどほんの一部を紹介させていただきました。(*1)

慶應義塾大学名誉教授 鈴木佑治先生
▲ 慶應義塾大学名誉教授 鈴木佑治先生

根本:
2005年というのはインターネットの歴史で見るとYou Tubeが起業したばかりで、オンラインでの発信はまだそれほど容易にできる時期ではありませんでした。ですがその時点で既に発信型の教育に取り組まれていたというのは驚きです。
鈴木先生
前述したとおり私自身はオンライン・テクノロジーに明るかった訳ではありませんが、学生が活躍する21世紀社会においてはオンライン化がますます進むであろうと思い、それがどのような社会になるかプロジェクトを通して考える場を作りました。2005年には根本さんが述べられたようなオンライン環境が整えられていたわけですが、元をただせば学生の関心から芽生えたものなのです。

2005年から遡ること11年前の1994年頃、当時私の研究室に私のプロジェクト英語を受講していた高崎航也君(SFC三期生)ら4名の学生が集まり、彼らの関心事である「受講者全員がいつでもどこでもWebにアクセスして世界に発信できる自身の発信基地を作る」という趣旨のプロジェクトを立ち上げました。私の個人研究費の一部を活用して部品を買い集め、かなり廉価でサーバーを組み立てて研究室のユビキタス環境を整えてくれたのです。そこからすべてが始まりました。

また「各個人が発信基地かつ受信基地で、第三者を介せずに世界中の人と交流できる環境を整えよう」というのが彼らの主張で、当時MOSAIC(*2)と呼ばれたソフトを使って今でいうWebページの作り方を受講生全員に教えてくれたのです。

話は前後しますが、インターネットなどのオンラインの世界では英語が中心的な役割を果たす言語であるため(もっとも当時はここまでそうなるとは予想していませんでしたが)、私自身もまさにオンライン上にユビキタス環境のプラットホームを構築し世界に向けて発信できる英語力を育成したいと思っていたので、この英語の授業でそのモデル作りをしようと考えておりました。そうした矢先でのタイムリーな出来事でした。

YouTubeが出現する前には、村井純教授のWIDEプロジェクトの支援を受けて授業配信したり、ビデオ・カンファランスしたりしていました。インターネットで簡単に動画を配信できるYouTubeが出現するや即座に活用しました。これで個々の学生が発信基地をもつ準備は整ったわけです。後に出現するFacebookもそうですが、ICTの先端テクノロジーを進んで導入し効果的に活用しようという機運は学生たちにみなぎっていました。次々とプロジェクトを組み英語プログラムに寄与してくれました。
根本:
個人がインターネットを通じて様々に発信することは今ではごく日常的なことになっていますが、当時はとても斬新な考え方や手法であったと思います。また、そのような取り組みは柔軟な思考を持つ学生たちには大きな影響を与えたのではないかと思いますが。

事業統括本部長 根本斉
▲ 国際教育交換協議会(CIEE)日本代表部 事業統括本部長 根本斉

鈴木先生
私の研究室の学生に限らず当時のSFCの学生の多くは、新しいメディアに挑戦しそれを使って上手に発信するスキルを身に付けていたように思います。私の英語の授業を受けた学生は新しいメディアを駆使して英語だけでなく日本語でも発信できるように訓練されましたから、当時の世代としてはかなり先端的な発信力を付け、現在では色々な業界で活躍しています。「日本語の発信力」そして「英語の発信力」、それから「アクティブな受信力」も付けたはずです。

発信するために聞いたり見たり触れたりして情報を集め分析する力、プロジェクトの為のリサーチにおいて必要不可欠な情報収集力を磨くことも目指しました。インターネットの登場により瞬時に世界中の人とつながるメディアが手近になり、誰もが発信基地になれるわけです。ただし、発信基地になるには発信するコンテンツがなければなりません。それも魅力的で感動を与える独創的なコンテンツがなければ誰も注目してくれません。そういったことから学生たちは各自関心をもつテーマを中心にプロジェクトを組みリサーチをしてはコンテンツ・デベロップメントに勤しみました。

自分が作ったコンテンツを英語で発信すれば世界中の人が見てくれます。これを逃す手はありません。「プロジェクト発信型英語プログラム」は私自身にとってのプロジェクトでした。プロジェクターが画像を投影するように、すなわち、プロジェクトするように、私たちは頭の中にある考えをプロジェクトしてコミュニケーションをします。プロジェクトということばにはそうした意味も持たせてありますが、これからの世界で打ち勝っていくにはこうした包括的な発信能力が求められるでしょう。

慶應義塾大学名誉教授 鈴木佑治先生

根本
インターネットは世界を変えましたが、『e-Learning in Action』で2006年に紹介された『第15回プロジェクト発信型英語教育を理解するテクノロジーの専門家の重要性』では、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程所属の谷内正裕さんから寄稿いただいた内容は、まさに今ポピュラーになっているオンライン英会話のようなシステムを10年前に開発されたというお話でした。
鈴木先生
谷内君はその当時、慶應義塾大学環境情報学部長兼教授の村井純先生のところで研究していた学生でした。1991年からスタートした米国のウイリアム・アンド・メアリー大学の夏期プログラムで、日本とアメリカをオンラインで繋ぐプロジェクトを始めましたが、村井研究室との共同プロジェクトとして行なっていたので、彼らにテクノロジーの面からサポートしてもらうことになったのです。

この記事はその谷内君の研究についてです。マーシャル・マクルーハン(1911-1980)は1964年の彼の著書『メディア論』(Understanding Media)の中で、メディアはメッセージであると述べ、良くも悪くも、メディアのもつインパクトの大きさを述べています。すなわち、コンテンツが人間の知覚を変えると思われがちであるが実はメディアなのだと唱えましたが、これがまさしくその例です。

谷内君は例えば撮影するカメラの位置や動きが発表の成否に大きく作用すると考え、どのような画面構成が一番効果的になるかなどを調べ、それを見事に再現してくれました。どんなに素晴らしいコンテンツを用意してもカメラの撮り方一つでビデオ・カンファランスが空振りしたことを何度か経験しました。こうした問題はまったく新しくて私にはコメントはできても教えられるものではありません。学生が最善の解決策を見つけるしかないのです。私は土俵を整えてプラットホームを作っただけです。

谷内君も含めこうした先端的なプロジェクトの成果を日本語で伝えるだけなら、日本語が通じるせいぜい1億人余りの聴衆にしか届きません。地球全体では70億の人口がいますから、せっかく良いものであっても日本語での発信では70分の1にしか通じないことになってしまいます。それでは残念です。世界中に訴えようと思うなら英語で発信することです。

但し、私は「英語Only」を推進する立場を決して取りません。言語学者として言語の多様性を守ることは大事であると考えています。インターネットの力で世の中が変わったのであれば、そこで主流となる言語を使いつつも言語の多様性を維持する方法を考える方が建設的です。私の非英語圏との海外交流プロジェクトでは、英語で交流しながらお互いの母語と文化を交換する機会を作りました。

プロジェクト発信型プログラムでは、谷内君も含めて色々な人が色々なテーマを基にプロジェクトを行い、各自かなり自信をもった様々なコンテンツが並びます。そのような状況で知的な好奇心の渦が湧き起こらないわけはありませんから、コメントがコメントを生みそこからまた新しいプロジェクトが生まれるということがよくありました。私も参加者の一人としてコメントすることはあっても教えることはありませんでした。

慶應義塾大学名誉教授 鈴木佑治先生

根本
2007年の記事『第19回プロジェクト発信型の評価-いかにしてコミュニケーションを評価するか? 』は、現在立命館大学国際部副部長・生命科学部准教授となっている山中司先生に書いていただいた記事です。これもまさに今話題になっている、英語で英語を教えようといわれている時に発信型のスキルをどう評価するかという話題を先取りした記事だと思います。
鈴木先生
各自が発信基地になったということは、極端に言うと70億人からの評価が発生してくるということです。従って教育の場を作る時にも、新しい評価の指標が必要になってくるわけです。日本ではどう評価したら良いかわからないことを避けてしまう風潮がありますが、それはおかしい。どう評価して良いかわからないというのは、誰にとっても新しい情報であることを意味しており、多くの場合そこにこそ隠れた宝が埋もれています。良いとわかっても評価できないことを理由に目をつぶってしまうのは悲しいことです。新しい評価システムが必要なら皆で考えれば良いだけです。教員が一方的に決めるのではなく、教師、生徒・学生、コミュニティーも含めてみんなで考えることが大切です。

客観的かつ絶対評価に固執するとそれに当てはまらない未知のものを避けるようになります。人間である以上客観性を求めても主観が入り、結局は相対的な評価に終始するというのが現実です。それを逆手に取って各自が自らの責任で良し悪しを判断することがあって良いと思います。

例えば昨今注目を集めている世界大学ランキングなども、評価基準が必ずしも自分自身が大学を選ぶ時の基準や価値観と合っていないこともあると思います。これらランキングの評価基準自体は絶対的なものではなく、それに囚われ過ぎて大学経営者が大学教育改革したり、学生が大学選びをしたりすると、価値基準がますます多様化するグロ―バル社会の渦に飲み込まれてしまうでしょう。参考材料の一つに留めておくべきでしょう。

そういった観点から見るとTOEFL® テストを開発・運営しているEducational Testing Service(ETS)は、そこに、つまり有効にはたらく基準作りに挑戦してきたことが、これまでの何度か行われてきた改編に見てとれます。詳細は本コラム第89回第90回(TOEFLテストについての回)、第91回第92回(SATについての回)、第96回(GREついての回)で述べました。
根本
おっしゃる通りで、ETSは公正な評価ということを非常に重要なことと考えています。それと大きな課題に対し挑戦するということはアメリカ人的な考え方かもしれません。
鈴木先生
TOEFLテストに限らずETSの開発したライティング指導ツールであるCriterion®もそうです。エッセイの診断をしてヒントを与えてくれますが、「こうだからこう直しなさい」と評価を決めつけるような文言は一切ありません。「こう書け、これしかない」と教えこまれた学習者は戸惑うかもしれません。「その特定の表現は数多あるほんの一部ですから、それだけで満足しないでください。もっと先がありますよ、挑戦してみましょう」と他にも多くの選択肢があることを意識させる診断をしてくれます。現実社会で目にするエッセイは表現が多様ですから、これからはそういう意味での評価が非常に重要だと思い、私のプロジェクト発信型英語プログラムで導入しました。受講者は受け取った診断をもとに構成や文法・語彙・表現を見直してエッセイを提出していました。
いずれにせよ、評価は教育のみならずあらゆる分野で重要な問題で、グローバル社会の多様性を柔軟かつ的確に評価する方法の開発が急がれます。

(*1)1990年から2000年までの研究は、『コミュニケーションとしての英語教育論』(1997. 鈴木佑治ほか. アルク)、『言語とコミュニケーションの諸相:理論的考察から言語教育まで』(2000. 鈴木佑治. 創英社三省堂)、The Semantics of the English Modals: A Case of Multi-sensory, Multi-lateral Generation of Meaning in Communication (2002. N. Yuji Suzuki. Liber Press)等の書籍とほか複数の論文にまとめてあります。ICTが言語、コミュニケーション、言語教育にもたらす変革についての思索を綴りました。

(*2)1994年度にこれら4名の学生(当時2年生)は、The MOSAIC Hand Book for the X Window System(1994. Dale Dougherty et al. O’Reilly & Associate, Inc. 英文全262pages)を読み、鈴木佑治研究室および英語授業および全受講用Home Page(現Web Site)を整備してくれました。以後、膨大な学生のプロジェクトの成果と資料は電子化され、海外にも発信できるようになりました。

(2016年11月8日取材)

後編は、2017年1月24日の更新になります。お楽しみに!

 

上記は掲載時の情報です。予めご了承ください。最新情報は関連のWebページよりご確認ください。