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本シリーズでは、特色ある大学のトップの方々に、大局的な視点から大学の現状や英語教育、今後の指針などについてインタビューさせていただいた内容をご紹介しています。

今回は、建学以来「研究第一」「門戸開放」「実学尊重」の理念を掲げる東北大学の登場です。

人類社会に貢献する研究を目指す東北大学の英語教育、国際交流戦略について、宮城県女川町にある東北大学大学院農学研究科・農学部附属複合生態フィールド教育研究センター複合水域生産システム部にて、総長補佐の木島明博先生にお話を伺いました。

木島先生

木島明博先生 プロフィール

東北大学総長補佐・総長室副室長
高等教育開発推進センター長
ロシア交流推進室長

1976年
東北大学農学部卒業
1981年
東北大学大学院農学研究科博士課程修了
1983年
高知大学農学部 助手
1987年
東北大学農学部 助教授
1996年
東北大学農学部 教授(2000年~大学院教授)
2006年~
東北大学総長室副室長
2008年~
東北大学副学長(~2010年)
高等教育開発推進センター長
2010年~
総長補佐

【東北大学 女川フィールドセンター】

本来あるべき大学教育とは

― 今大学教育には、教養教育か、実学教育か、あるいは就職に直結した教育をするべきかという、3つの流れがあります。東北大学では、現総長である井上明久先生が打ち立てた「井上プラン2007」に創設からの考えが反映されていると思いますが、木島先生のお考えになる本来あるべき大学教育について伺えますでしょうか。

まず本学の理念は、「研究第一」、次に「門戸開放」そして「実学尊重」です。「研究第一」だけを見ると研究だけやっていればいいと聞こえますが、そうではなくて、一流の教育には一流の研究が必要であるという意味です。また「門戸開放」とは、学問を通して社会に貢献するという志を持った人に対して、性を問わず、国を問わず、どなたでも本学で学ぶ機会を提供するという意味です。例えば、本学は日本の帝国大学で初めて女子学生を入学させたことでも知られています。また、外国人の受け入れが希少だった時期に、かの有名な中国の文人となった魯迅を留学生として受け入れた歴史を持っています。さらに「実学尊重」とは、応用研究だけを行うということではなく、応用を目指した基礎を行うということです。今流行っている研究を行うばかりではなく、自己の独創的発想をもって人類のためにどのように応用できるかを考え、基礎研究に取り組むということです。1つの例として、西澤潤一先生(*東北大学名誉教授、元総長)の光通信に関する研究があげられます。当時この研究はあまりにも独創的で、誰にも理解されませんでした。人に認められないテーマを続けることは孤独で厳しい道のりだと思いますが、西澤先生は、その独創と信念に基づいて基礎研究を継続し、今日の光通信という人類に大きく貢献している大輪の花を咲かせました。

今の大学教育についてみると、就職対応型の教育にしても実学教育にしても目先の利益を目的とした知識詰め込み型教育に見えます。教養教育は勉学効果が直接目に見えるものではないので倦厭される傾向にあります。しかし、教育が、「自己形成」という大きな目標として明確にとらえることができれば、就職対応型教育にしても実学教育にしても、その一つの通過点としてとらえることができるのではないでしょうか。本学の理念の説明で申し上げたとおり、言葉そのものをとらえるのではなく、そこに含まれる意味を思考することで大きく理解が変わってくると思います。教育は技術ではありません。自己形成のためにあると考えます。世界における自己の学問、研究の位置づけ、人生の位置づけなど自己のアイデンティティを知るためにあるのではないかと考えています。

さて、専門はもちろん重要ですが、教養は専門分野の広がりに対しても、人格形成として重要不可欠な学問です。「教養教育」には基本的なコミュニケーション能力を養成する基盤的要素と、自分の専門以外の分野を学んでいく発展的要素があります。基盤的要素とは国語、作文、英語、情報科目など他の人の意見を理解し、自分の意見を発信する基本的な能力であり、私個人の考え方では、ここに体育も入ります。それは体育の実技を受けて初めて人と話したり、協力したりすることができたという学生がいるからです。したがって、コミュニケーション能力を考える場合、それは単に語学が出来るというのではなくて、人と人の気持ちが分かるような、お互いの意思疎通が出来るような能力だと考えれば、今言ったことが全て基盤になるのではないでしょうか。ただ、その能力があっても中身がなくてはなりません。それが専門分野であり、自らの得意とするところです。その上で、「社会の成り立ち」とか「自然の成り立ち」、そして「人文学的な心の動き」などを学んでいくことによって、深い教養が身につき、真の意味で中身のある発信ができるようになると思っています。

人類社会に貢献する研究開発を
~東北大学が目指すリーディング・ユニバーシティ~

― 将来的に世界や人類社会に貢献する研究を外部に発信しようと、学部の1年生から4年生、そして大学院もふくめて、将来を見据えた教育をするという、一本筋が通った東北大学の教育理念は非常に分かりやすいですね。

ありがとうございます。その研究が人類社会にどう貢献していくのか、自分の学問の人類社会での位置づけを分からないといけないというのが、東北大学の教育・研究の柱の1つだと思います。ここで、この女川フィールドセンターで研究しているナマコの話になりますが、10余年前には産業的に重要とは考えられない「ナマコ」の研究をする人はいませんでした。中国ではきわめて重要な産業対象種でも日本では珍味としてお酒のつまみになる程度でしたから無理からぬことです。しかし、基礎的な研究として赤や青、そして黒のナマコが同じ種かどうか、その資源はどのように維持されているのかなどを研究しようとすると、あまり役に立たない趣味的研究だなどと言われました。ところが、これが分からなければ資源管理や生産管理などは出来ません。ましてナマコは特殊な生き物で、伸縮自在、餌がとれなければ体を縮小させるなど、普通の生き物と異なって成長も計測できない生き物です。また、自己消化能力が強く、酵素やDNA サンプルをとることが難しく、当時は遺伝分析も出来ませんでした。そこにある一人の学生(当時大学3年生)が私の研究室を訪れ、ナマコの研究を提案し、強い興味を持って取り組みました。次々にくる様々な壁を乗り越えながら地道にねばり強く研究を続け、ようやく世界で初めて色彩の定量的判定方法の開発やDNA解析が出来るようになり、赤ナマコが黒や青ナマコとは別の種であることをつきとめました。この研究は中国経済が急速な成長をし、ナマコの値段が数倍に高騰したことで、産業的意味も持つようになり、小さくも一つの花を咲かせました。このように、ナマコ1つとっても未知のことが多くあり、そのときは他の人に理解されなくても自分の研究の位置づけが明確であれば信念を持って頑張れるということでしょう。自分の研究が、人類社会そして世界にどう貢献できるかという意識を持っていくことが大事だと思います。そして、そのために教養を学び、専門を深め、そしてまた教養を学んでいく一貫した教育こそが、リーディング・ユニバーシティを目指す「井上プラン」で掲げた教育の柱になっています。

【女川フィールドセンターを望みながら】

TOEFLテストITP導入について

― 世界や人類のために自分の研究をどう位置づけるかというお話ですが、英語については「その研究を世界に発信するためのツールとして力を付けましょう」ということかと思います。東北大学では2008年12月にTOEFLテストITPをトライアルで行い、2009年12月に本格導入されました。なぜTOFELテストITPを導入することになったのか、そのあたりをお聞かせください。

学生に英語を学んでもらうのは、就職活動のためではなく、留学、つまり海外の学術機関に行って学んでもらいたいからです。英語はいろいろな考え方を理解するためのツールだと考えています。やはり東北大学は留学ということを意識していますので、それが鮮明に出ているのがTOEFLテストであるということで選びました。留学には長期間の留学もありますが、短期留学もあります。その際にTOEFLテストを受けていれば自分の英語の能力を知ってから行くことができます。トライアルで1回、全体で1回実施しましたが、先々、大学で現在の年1回の実施に加えてもう1回やるべきかどうかも含めて、考えなければいけないことだと思っています。それをきっかけに本人が、自分の実力を全体として知るために、自らTOEFLテストを受けて欲しいと思います。毎年受けて自分の力が落ちているのか伸びているのか、自分の英語レベルならこの大学に行ける、この大学に留学するためにはさらに学ぶ必要があるなど、しっかり自分で認識、判断してもらいたいという希望を持っています。そういえば、名古屋大学では今年4月に全学生がTOEFLテストを受けて、その結果でクラス分けをしていますね。A・B・Cにランキングして、ランキングの下の学生にはより多くの時間を費やすという、あのシステムはすごいと思います(*)。本学では、TOEFLテストITPを単位化したり、スコアを成績評価に加味(後期成績の30%)したりするところまではいっていますが、何点以上取らなければいけないということはまだありません。また一方で、最近大学院がTOEFLテストの点数で判定しようとしていますが、いい傾向だと思います。
TOEFLメールマガジン80号「ユーザーの声:名古屋大学」参照

教養教育の望ましい形とは

― 教養教育の教養とは一体何だろうと考えた場合、教養それ自体は目に見えるものでもなく、非常に漠然としています。最近はそんな漠然としたことを目指すなら就職をめざして簿記でもやった方がいいのでは、とか、少しは資格を取りなさいという、風潮になっている気がします。

いや、教養は、逆に資格を取った人、そこまで到達した人こそ身につけてなければならないものと考えられるのではないでしょうか。だからこそそれを先取りして、若いうちに教養を身につけるチャンスを与えられたと思えばいいのです。若いうち身につけた教養というのは、専門とダイレクトに繋がってはいないけれど、自分の学問の選択の幅を広げたり、位置づけを明確に認識したり、さらには次なる研究領域を生むための新しいアイディアの元となります。また、文系の学生諸君にとっても理系の学問を知ることは人間、そして人間社会を思考する上で幅も深みも出てくると確信します。さらに若いときは吸収力が旺盛ですので、中途半端な勉学ではなく、真剣に、一途に取り組めるからこそ得られる教養も深く確実なものになっています。

― 大学1、2年の間は専門を決めずにやりましょうというリベラルアーツ的な考えと、最初の段階から自分の専門を決めましょうという考え方がありますが、自分の様々な可能性をさぐり、いろいろな知識を入れた上で専門をやっていくというのが、本来望ましいのでしょうか。

そういう状態の人もいるし、そうではない状態の人もいます。学生を見ていると、先に体から動く者、先に頭から動く者がいます。頭で納得し勉強をしてから実験をする者、実験をやりながら頭を使っていく者がいます。ゴールはどちらが上でも下でもなく同じで、登る山の登り方が違うだけです。ただ残念なのは、現状ではこれらを画一的な状況にしないと、教育が成り立たないところに問題があるわけです。

現在では、教養は先生が教えるものになっているわけですが、それを転換しなければなりません。そこで東北大学はいち早く基礎ゼミという、いわゆる少人数教育の中で、「教えられる」勉強から「学ぶ」勉強、学びの転換というプログラムを創りました。これは本学教員の優れた研究内容や学習させたい内容をテーマに、学生が自ら考え、自ら調べ、自ら学ぶ構成となっており、学生の評価も高く、結構成功しています。

「学ぶ」ために学生のモチベーションを上げる

― 授業のやり方で学生の「学ぶ」モチベーションは上がりますか。

実は学生のモチベーションの高さは一般に入学したところがピークになってしまいます。これは試験制度の持つ宿命で、本当はそこからが大切なのに燃え尽きてしまった様子を見せる新入生がいます。また、彼らにどうしてその学部を選びましたかと聞くと、「偏差値が合うから」と答える学生が多く、自らの夢や将来を考え、大学や学部を選択している人は必ずしも多くありません。本学ではそのような学生に対応した講義もあります。具体例を上げますと、農学部では水圏環境コミュニケーションと陸圏環境コミュニケーションという授業を合同でやっています。これは農学部の新入生全員が取る必修科目です。この科目は、まず学部長が農学とは何かという室内講義を行い、その後バス4台で複合生態フィールド教育研究センターに向かいます。そのうち3台は川渡の農場に、1台はここ女川の実験所に来ます。農場に行った学生は農場を見るだけではなく、農学というのはどういうことをやっているのかということを、身をもって体験する。そうすると、みんな農学なんて「肥担ぎ」とか「漁師の手伝い」とか思っていた考えが全く払拭されます。私はバスに乗ってすぐ学生に課題を与えます。「農学に関係あるものを100個、紙に書いてください」ということです。すると、「そんなにあるんですか」と聞いてきます。でもバスのイスの背もたれの生地だって農学ですよ。バイオエネルギーも農学です、街路樹、家、もっと言えば歯磨き粉や健康食品、そうやって書いていったら100個なんてすぐです。それがわかると、学生たちの目がだんだん輝いてきます。つまり農学は人間生活学だということを伝えることによって農学の広さを学ぶとともに、これまでの狭い目で学問を見ることが間違いであることを認識してもらいます。女川では、魚市場に学生を連れて行き、食用生物の種の多さを実感してもらいます。また、その生物がどのような味がするかを体感するために、各班で食べたい生物を購入してバーベキューをします。そして班ごとに協議をし、決められた金額の中で班員の合意の下、購入したものをここ(女川フィールドセンター)で食べます。そのとき、「味が違うことが分かるだろ」と聞くと全員が頷きます。次にその違いの要因を聞くと「種が違うから」と答えます。それは間違いではありませんが、なぜ種が違ったら味が違うのかと尋ねると答えられる人がほとんどいなくなります。味の違いはアミノ酸の違いにより、アミノ酸の違いは遺伝子の違いによって決まる。つまり味の違いは遺伝子の違いであり、遺伝的多様性を人間の五感で評価しているのだと話すと、一同ある種の感動を持つようです。こんな身近なところにも科学がある、農学があるということを理解した学生は勉学に対するモチベーションを上げていきます。勉強と言うより、自分を伸ばしたくなるのでしょう。この講義を始めてから不本意入学でも離脱者は大幅に減ったと思います。噂や風聞で学問を判断せず、自らその重要性を体感すること、そして学問の目標を自ら確実に見極めることがモチベーションを高めることになると確信しています。

― 勉強と生活のつながりを気づかせて、モチベーションを上げるのですね。モチベーションといいますと、英語、特にTOEFLテストのスコアは、学生にどう使って欲しいと思われますか。

まずは学生を大人とみなして、自己判断を仰ぎます。しかし、自己判断だけだとモチベーションというよりも、必然性がなくなるので単位や成績評価に絡めて行きます。そして点数の高い学生に対して、海外に行くチャンスを与えるプログラムを用意しています。例えば夏休みにオーストラリアやアメリカの大学(協定校)に学びにいくプログラムもあります。これは「井上プラン」にある東北大学の国際交流戦略の一つの柱ともなっています。

東北大学の国際交流戦略

― 東北大生として「こういう風にして海外に出したい」という、「井上プラン」を柱とした留学の位置づけがあってこそ、国際交流委員会だとか国際交流の戦略も活きてくるということですね。

おっしゃるとおりです。その一環としてTOEFLテストを導入しました。TOEFLテストを導入したらそれで終わりかという批判がありましたが、そうではありません。井上先生の基本的な考え方は、学部1、2年生の間に、半年ぐらい外国を見て来いということです。その際に、英語力が弱いと行ってもただの観光旅行になりがちです。私は半年間ぐらい留学するためにもはじめは自分で観光旅行になってもいいから外国を見てくることが大切だと思っています。3日行って、異文化に触れて刺激をもらって帰って来る。次に英語を勉強して、また外国に行く。英語が通じないとつまらないから、じゃあ勉強しよう、勉強して半年後に1週間行ってくる。そして、楽しくなってくる。では外国の大学にちょっとサマースクールに行って来るかと1ヶ月ぐらい行って来る。そして、本格的留学へと繋がっていくようになることを望んでいます。一方で、外国から東北大学に来た留学生と交流を深めていくことも忘れてはいません。留学生と本学における日本人学生が友人として国籍を問わず普通に話しているキャンパスを目指しています。そうすると自分が海外に行かなくても海外から人が来て、大学がその海外と同じようになるわけです。ジェンダーも国籍も肌の色も問わない「門戸開放」の理念が、ここのキャンパスに実現することを目指しています。実際、最近では川内(学部1,2年生が学ぶキャンパス)では若い学生が英語で外国人とともに食事をしたりレポートを作成したりする姿がよく見られるようになってきました。

読者へのメッセージ

-それでは最後に、TOEFLメールマガジンを読んでいる方々にも、同じように留学を目指す方や海外を意識している方がいるのですが、そういった方々にメッセージをいただけますか。

これまでにお話ししたことの繰り返しになってしまいますが、まず海外に行ってみること、これが一番ですね。行ってみて、自分のコミュニケーション能力の無さを知ること。無いことを知っても引きこもらずに外国の友達を作ること。考えたらダメ、若いうちに恥をかくこと。そして最後は、自分の舞台が、日本だけではなく、世界各地に羽ばたいていくことを認識することとともに、夢見ること。そういうプロセスをとることが、一番大事かなと思っています。昔は勉強してから外国に行きました。日本は、必ず出来るという成果の可能性が分かってから資金(研究費)を出しますが、これが問題です。そうではなく、出来るか出来ないか分からないけれど、やってみることから始める。若い人特有のエネルギーを、そこで出してもらいたい。私が初めて外国に行ったのは助手になってからですが、ものすごく遅かったと今でも後悔しています。

それから、向上心を忘れてはいけない。外国に行くといろいろな英語が聞こえてきます。チャイニーズイングリッシュ、シングリッシュ、つまりシンガポール英語、そしてオーストラリアの英語もあります。ですから、英語をいわゆる英国の言葉、米語をアメリカの言葉、そしてそれが正しい言葉といった思い込みをしないことも大切でしょう。英語はInternational Languageだと思うといいでしょう。英語が出来てくると、とにかく楽しいです。分からないと悲しいですからね。その経験をどんどん活かしてもらえばいいのかなと思います。

また、東北大学は文部科学省のグローバル30プログラムに採択されましたが、「大学の国際化」というキーワードにすごく感動と共鳴を覚えました。留学生を増やすこと、外国人教員を増やすことが大事なのではなく、拠点となるその場所に、普通にNo Border、No Gender、そういう世界ができることを望んでいるのだと思います。私の一番の目標は「和」です。「和」というのは相手を理解することなしには出来ません。利害関係があったとしても、理解しあう関係。そのための共通語が英語だろうと思います。全体を考えていくと結論が出ないことでも、考えていないよりは考えている方がいいかなと思っています。そのため、自分の視野を広げるためにもやっぱり外国には是非行って、外国の生活を見て来て欲しい。遊びだけではなくて、貧富の差や差別といった負の部分も含め、向こうの生きている人々をぜひ見て来て欲しいと思います。

インタビュー:2010年8月4日 国際交流促進部 部長 掘越敏明

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