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様々な世代の人々が様々な場で、生涯を通して何らかの形で英語にかかわって仕事をしています。英語は人それぞれ、その場その場で違います。このシリーズでは、英語を使って活躍する方にお話を聞き、その人の生活にどう英語が根付いているかを皆さんにご紹介し、英語の魅力、生涯にわたる楽しさをお伝えしていきます。英語はこんなに楽しいもの、英語は一生つきあえるもの。ぜひ英語を好きになってください。

第32回 Lifelong English – 同時通訳者・常盤陽子さんに聞く その3

鈴木 佑治(聞き手)

鈴木 佑治 先生
立命館大学生命科学部生命情報学科教授
慶應義塾大学名誉教授

常盤 陽子先生

常盤 陽子先生プロフィール
1962年 青山学院大学卒
1967年 アメリカ・ニュージャージー州ドリュー大学大学院卒
1969年 ISSに通いながら同時通訳
1974年 ジョージタウン大学言語・言語学科通訳・翻訳コース修了
1975年 ISS講師をしながら同時通訳
2002年~ ジュピター・テレコミュニケーションズ(J:COM)会議通訳・翻訳

87号 – その1
http://www.cieej.or.jp/toefl/mailmagazine/mm87/reading-01.html

88号 – その2
http://www.cieej.or.jp/toefl/mailmagazine/mm88/reading-01.html

現在の仕事について

鈴木:
現在は、どういうお仕事を中心になさっているのでしょうか。
常盤:
いまは、ジュピター・テレコミュニケーションズ(J:COM)という外資系ケーブル会社で、テレビチャンネルのコンテンツを国内や外国から買って、それを売るという部署で通訳者として働いています。
鈴木:
かなり先端的で、専門的な分野ですね。
常盤:
技術的なことは、ややこしくてよく分かりませんが、コンテンツの話になると楽しいですね、それがニュースでもスポーツでも音楽でも映画でも。
鈴木:
まず調査して売れそうな映画や番組などのコンテンツを探し、次にそれを売らなければならない、その全過程で同時通訳が必要になるということでしょうか。
常盤:
社内には、映画チャンネルや女性専用チャンネルなどがたくさんあって、そういうチャンネルのコンテンツの海外調達に先だってマーケットリサーチを行って、お客様が何を見たがっていらっしゃるのかを常に調査しています。例えば、そういう調査結果を役員にプレゼンする時に、J:COMは外資系なので、それを英語で行うわけです。
鈴木:
どのくらいの規模の会議をどの程度頻繁に開くのでしょうか。
常盤:
大きいものでは、例えば四半期に一度、社内の役員会や衛星テレビやケーブルテレビ業界の会議があります。会社から役員が出席する時には会場の隅に座り、会議の間中、今やっていることを逐一同時通訳します。
鈴木:
なるほど。テクノロジー的に日本がかなり貢献している分野ですね。
常盤:
テクノロジー関係の言葉は、有り難いことにカタカナで言えばほとんど通じます。テクノロジーについての通訳は、英語がかなりできる若い社員の方が担当することもあります。それを日本語で説明するときが苦しいというときは、そこは私が助けてあげられる部分ですね。
鈴木:
例えば、政治交渉の同時通訳では、お互いの国情と利害がからむので、言葉に出来ないものがありますよね。どう訳してよいか迷ってしまってフラストレーションを感じることもあるのではないでしょうか。
常盤:
政治などの場合には、一見訳の分からないことを言っているとしても、必ずその背後があるので、通訳者が勝手に説明を加えて訳してしまってはいけません。そういう場合は、訳のわからないまま文字どおり訳しておいて、後はあなたの解釈次第です、という風にします。けれど、有り難いことに、現在の仕事はシンプルで、そういう政治の場で起こるようなことはありません。微妙な問題があれば根回ししておくこともできますしね。
鈴木:
英語圏と日本語圏では生活基盤が似通っていますから、通訳も比較的やりやすくなってきたのではないでしょうか。

常盤先生

これからの同時通訳について

鈴木:
常盤先生が長くされてきた同時通訳のお仕事は、これまでは、国家や国の経済を担う大企業が中心でした。しかし、大企業だけでなく、日本の中小企業はすごいノウハウを持っています。そして、これからは、この方々も自分達でプレゼンし、世界に打って出ていく時代になるでしょう。そのあたりに同時通訳の需要が大いにあると思うのですが、いかがでしょうか。
常盤:
以前から本当にその通りだと感じていました。最近、町工場レベルが頑張っているというTV番組を見ていて、そこの若い技術者達が、これだけの部品を作れるのは僕達しかいないと言うのを聞いて、なんだか涙がこぼれました。農業もそうですけれど、ああいった方達が外国に向けて英語でプレゼンするとき、あなたの言いたいことを日本語で言ってくれれば、私達がそれを訳して支えます、というような仕組みが出来れば需要も大いにあると思います。
鈴木:
長きにわたって培われてきた洗練されかつ魂のこもった微妙なノウハウを、同時通訳を通して伝えるのは至難の業ですね。
常盤:
そうですね。通訳はわりと感情移入が出来るので、今おっしゃったように、例えば、自分たちが守り育ててきたものを相手の方達に魂をこめて伝えたいと言われたら、その時、その人と同じ気持ちになって通訳しようと努めます。機械的に言葉を置き換えるのではなくて、相手の方になってしまったように、その人が涙を流している時には一緒に涙を流す、そういう通訳というのは、終わったとたんにもう脱水症状みたいになりますけれど、通訳冥利に尽きますし、そういう仕事が私は好きです。昔ですが、「あ、あなた、わかってくださった」と、おじさん同士が手を握ったりすることが、ありました。そういう、お互いのコミュニケーションを成立させるためのお手伝いが出来ると一番嬉しいですね。大規模というのはいろんな意味で終焉を迎えていると皆さん仰いますし、私もそう思いますけれど、実際この20年ちょっとで会議そのもの、大会議というのが本当に減りました。スケールは小さくても、心のこもった、相手の人に寄り添って行う通訳の場があれば、そういうところでこそ力が発揮できると思います。通訳というのは、実は個人的な仕事ですので、これから、そういう機会が増えたらいいなと思います。

鈴木先生

通訳の仕事は女性向き

鈴木:
ところでJ:COMに移られたのは、ご自身の専門を通信関係に決めようと考えられたからなのでしょうか。
常盤:
と言うよりは、子どもができたという家庭の事情です。子どもを育てている時には、海外出張のある通訳の仕事は取りにくくなりました。そのような時、たまたま今携わっている仕事のお話があり、定時で仕事が終わるということでしたので決断しました。
鈴木:
通訳という仕事は、自分のライフステージに合わせた働き方を選ぶ可能性もあるということですね。
常盤:
そう、可能性はありますね。
鈴木:
女性と男性の比率はどうですか。
常盤:
通訳は圧倒的に女性の方が多いです。男性は、会社員でありながら通訳もできるくらいのレベルの方は割合いらっしゃいます。でも、通訳というのは「声はすれども姿は見えず」で、通訳が終われば、挨拶はなしでスーと居なくなっても構わない状況のときもあります。しかし、男性は表に出たい、それなりの扱いをして欲しいという思いの方が多い。でも、会議の出席者の方も、今日はありがとうございましたと丁寧に言ってくださる、そういう余裕のある方ばかりではありません。通訳の必要な部分が終わった途端に、もう居ないも同然の雰囲気になることもあります。そういう状況には、私たち女性はすぐに慣れて平気になるけれど、男性にはちょっと辛いようですね。昔、会議の途中で昼食をとる時に、オリジナルスピーカーの隣で自分も食事をすると主張する男性の通訳者がいました。私だったら、お休み時間くらい仕事相手の顔は見たくないと思うのだけど(笑)、男性はその辺がね。その時のオリジナルスピーカーは大使でしたが、そういった主張は私たちの役目や立場に関する勘違いだと思うし、やはり大使やその同格の方のお昼のテーブルに、通訳が必要でない限り、通訳者は要らないわけです。

鈴木先生と常盤先生

読者へのメッセージ

鈴木:
通訳者としての立場から英語学習を続けるTOEFLメールマガジンの読者にメッセージをお願いします。
常盤:
通訳者をずっとやってきて、英語のトレーニングで一番役に立ったのは音読です。これは通訳の学校でも教えていることですが、自分一人でできる練習法です。日本語・英語両方のいい材料を選んで、出来るだけ声を出して読む。通訳は声を出す仕事ですので黙読ではだめです。今はいくらでもいい材料がありますから、手近にあるものでボキャブラリーが豊かになるような、例えば短くてもいいですから、英語のエッセーなどのきちんとした文章を選んで、自然に自分の頭に貯めていくのがいいと思います。あるいは、時事問題でも。ただ、ジャーナリスティックな文章は、話し言葉とは少し違うのでお勧めできません。それから、時間のあるときはソファに寝っころがってでもいいですからシャドーイングをしてください。同時通訳のトレーニングはシャドーイングに始まってシャドーイングに終わります。CDは難しいですけれど、テープですと簡単にできますでしょう?本当に同時通訳者になりたくて、効率よく勉強したかったら、先ずはそれが一番。”Read loud”(音読)と”Shadowing”。肉声の聞こえてくるようないい文章を選んで音読する。ラジオやテレビのアナウンサーのあとから付いていくだけでもいいですね。特に英語はリズムがいいですから、音読しているうちにアドレナリンが出てくると言うか、楽しくなってきます。構文をスムーズに体に叩き込むには音読は絶対にいいですね。
鈴木:
やはり基本的な繰り返し練習が大切だということですね。今回は同時通訳の世界を垣間見ることができました。どうもありがとうございました。

鈴木の感想

脳神経学は、言語機能も研究しています。私もここ10年間この分野の勉強をしてきましたが、同時通訳の脳神経学的基盤についての分析をした研究書を読んだことがありません。これはかなり特殊な能力であると考えられますが、言語1と言語2を行ったり来たりしてリアルタイムで変換させるメカニズムはどの部位で行われているのか興味が湧くところです。fMRIを使って同時通訳者が実際に同時通訳をしている場を観察させていただくとある程度分かるかもしれませんが、恐らく相当複雑な活動が計測されるでしょう。音読とshadowingを繰り返して徹底的に訓練することが重要であるとのことですが、そうした厳しいトレーニングも楽しいと思えるようにならなければ克服できないようですから、きっと、手続き的記憶に依存するものと考えられます。フランス文学者でフランス語の同時通訳者でもある三浦信孝氏も普段から飛び込んでくる日本語をみなフランス語に訳せるように心がけていると言っておりました。日常生活でそうした地道な活動も厭わず続けなければできそうもありません。いずれにせよ常人の域を超えた同時通訳の世界に身を置く常盤先生に敬意を表します。

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