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様々な世代の人々が様々な場で、生涯を通して何らかの形で英語にかかわって仕事をしています。英語は人それぞれ、その場その場で違います。このシリーズでは、英語を使って活躍する方にお話を聞き、その人の生活にどう英語が根付いているかを皆さんにご紹介し、英語の魅力、生涯にわたる楽しさをお伝えしていきます。英語はこんなに楽しいもの、英語は一生つきあえるもの。ぜひ英語を好きになってください。

第31回 Lifelong English – 同時通訳者・常盤陽子さんに聞く その2

鈴木 佑治(聞き手)

鈴木 佑治 先生
立命館大学生命科学部生命情報学科教授
慶應義塾大学名誉教授

常盤 陽子先生

常盤 陽子 先生 プロフィール
1962年 青山学院大学卒
1967年 アメリカ・ニュージャージー州ドリュー大学大学院卒
1969年 ISSに通いながら同時通訳
1974年 ジョージタウン大学言語・言語学科通訳・翻訳コース修了
1975年 ISS講師をしながら同時通訳
2002年~ ジュピター・テレコミュニケーションズ(JCOM)会議通訳・翻訳

87号 – その1
http://www.cieej.or.jp/toefl/mailmagazine/mm87/reading-01.html

ジョージタウン大学に留学する

鈴木:
ジョージタウン大学へはどういういきさつで留学されたのでしょうか。
常盤:
カレッジ・ウィメンズ・アソシエーション・オブ・ジャパン(CWAJ)という団体があり、1974年は女性の会議通訳者や、将来、日本に帰って来て会議通訳者になるような人を対象とした奨学金を貸与していました ISSの掲示板にその募集要項が貼られていたので、友達と応募してみようかという話になりました。試験官が、西山千先生と日本語のお出来になるジャパン・タイムズの有名な記者のお二人でした。それで、試験を受けてスカラシップを戴きました。
鈴木:
見事、合格されてジョージタウンに行かれたのですね。そこで不幸にも私達と出会って(笑)。ジョージタウンでは、どのようなことを学ばれましたか。
常盤:
ランゲージ・アンド・リングィスティック(言語学部)の、トランスレーション・アンド・インタープリテーション(翻訳通訳科)という1年間のコースです。そこでは、ご夫妻の先生が教えていました。あの時学んでいたのは、フランス人、イタリア人、アメリカ人、カメルーン人、その他のアフリカ人といった多言語の人達で、先生ご夫妻も2人合わせると7カ国語ぐらい使えるという、すごい先生方でした。クラスは大きな部屋が1つあり、いつも丸いテーブルを皆でグルッと囲むチーム・ティーチングで、教室の後ろには通訳ブースがありました。
鈴木:
大学内に国際会議場のブースがあって、学会などをよくやっていましたね。補足すると、ジョージタウン大学の言語学部というのは、言語学部の学生だけでなく国際関係学部(School of Foreign Service)の学生も受講していました。外交官志望の人が多く、外交官試験の準備のために、そういった学部の人達も外国語コースを取ったりしていましたね。メインは英語・スペイン語だったと思います。
常盤:
確かにスパニッシュの方は多かったですね。
鈴木:
かなりいろんな言語を教えていまして、実は、私もそこでほぼ4年間日本語を教えておりましたが、学生の半分は国際関係専攻の人達であったと記憶しています。

通訳のテクニックを学ぶ

鈴木:
授業内容はいかがでしたか。
常盤:
通訳者としてのいろいろなテクニックを教えてくださいました。イタリア人でもフランス人でもカメルーン人でも、一斉に自分の国の言葉のテープを聴いたり、本を読んだりして、英語に訳すのです。そうすると、それぞれの生徒の英語を先生方がイヤホンで聞いていらして、その場で直していってくださいました。
鈴木:
つまり、普通の話し方を会議用に直すわけですね。
常盤:
そうです。日本ではあまり見たことがありませんが、会議を運営していくにあたってのルールブック(Robert’s Rules of Order)を使って、例えば、開会の言葉で始まって、「今、どこそこの国の代表が、こういう提案をなさいました。」というような英語の言い方が決まっているので、そういう言いまわしを徹底的に仕込むという訓練が、最初の3ヶ月ぐらいありました。会議の進行に沿った言葉が、センテンスごと出ているのです。こういうものをきちんと使っていれば、会議の時叱られずにうまく通訳出来ると思いました。ただ、そこに載っている英語を日本語に訳しても、その日本語の表現をチェックしてくださる先生がいませんでしたが、日本能率協会のクラスで同時通訳を勉強した日本人の男性が時々いらして、私が訳した日本語を特別にチェックしてくれました。残念ながら、あの本は今は手元にありません。 帰国後しばらくして、どなたか日本の先生に差し上げたような気がします。

経験主義による秩序だった勉強法

鈴木:
要するに、会議で使われる言葉をまるごと全部、徹底的に教えて使わせるということですね。使ってしっかり身につけないと、会議で必要な日本語さえさっとは出てこないでしょうか。
常盤:
そうです。ロールプレイもやりました。国際会議の運営はこのようになっているということを教えてくださる、すごいプラクティカルな授業でした。それから、もう1つ面白かったのは、ただの単語集めなんですけれど、例えば、ヒューマン・ボディ、人間の体について、あなたは頭がいい?左腕?と先生に聞かれます。最初は何だろうと思いました。人間の体を徹底して部位に分けて、一番上の頭皮から爪から皺からバラバラに解剖して、それを単語帳に何ページも書き写します。それを2週間ぐらいで翻訳しなさいと言われ、戻って来たときに、他の人の訳した分も一緒にしてコピーをとり、全員に配るわけです。ものの2、3時間で医学などで必要なヒューマン・ボディの単語帳が出来るわけです。それは、ヒューマン・ボディに限らず、政治・経済でも何でもいい。政治・経済は、せいぜい新聞に出ているぐらいの用語ですけれど。アメリカ好みなのか、とにかく秩序立った勉強をさせました。
鈴木:
アメリカ独特の、元をただせば英国のいわゆる経験主義に基づいた、プラグマティズムの伝統ですね。
常盤:
そう思います。利巧になるわけではないけれど、単語をたくさん覚えているといいですものね。
鈴木:
一応のアウトラインは分かってしまいますからね。必要最低限の言葉を短期間にたくさん学ぶコンセプトですね。そういう専門的なことを、ジョージタウン大学の同時通訳プログラムのコースで学ばれたのですね。
常盤:
そうです。通訳の仕事をする場合、英語が話せるとか聞けるとかは、単に前提条件であって、それだけではダメということで、徹底して厳しい訓練を受けました。

国際会議の通訳者としてのキャリアを積む

鈴木:
帰国されてから実際通訳の仕事をされていましたが、1975年頃と言いますと、例えばどのような国際会議がありましたか。
常盤:
現在と違って、あの頃は、4年に1度の大きな国際会議がとても多かったです。ありとあらゆる業界の方々がやっていたように思います。例えば、気象学会や医学学会、産婦人科学会とか。
鈴木:
そう言えば、当時は、コレステロールという言葉は巷間ではあまり知られていませんでしたが、常盤先生がコレステロールに関する会議で通訳されたこと、恐ろしいものであること等々を私達に話されたことを思い出しました。そのような最先端の医学関係を議論する会議の準備には、どのくらいの下準備をされたのですか。
常盤:
そういう場合、学校の担当者も心得ていて、その学会でスピーチをなさる先生などが、通訳者のために前もって時間をとってブリーフィングをしてくださる機会を用意したり、今回の学会は全部で通訳が30人います、というような概要の説明をしてくれました。先輩の通訳者、一緒の会議に入る通訳者など、いろいろな通訳者が送り出され、それぞれを配分してくださいます。また、論文の抜き書きのような資料もくださるので、それを前もって見て、先生のご専門が何かぐらいは分かるようになっていました。
鈴木:
それは日本語ですか。
常盤:
日本語です。英語と両方を頂ける時もあります。ご自分で英語で準備してくださる先生もいらっしゃいました。通訳者は事前に単語帳ぐらいは作っておきます。当時はみんな医学辞典を買わされて、どこへ行くにも持って歩いたものでした。
鈴木:
医学もある工学もある、医学、工学ともに様々な領域があるでしょうね。そうした領域の仕事が多かったと思うのですが、その他、政治もあれば経済の国際会議もあったと思うのですが。
常盤:
若くて何にも知らないのに、怖いもの知らずで、知っているふりをして、厚かましくも突き進めたのだと、今では本当にそう思っています。量をこなしているうちに、ある時気がついたのですが、通訳者として自分の得意なジャンルを徐々に作っていました。知らないということほど強いものはないですよ。
鈴木:
でも、逆に若い時はそのくらいの勢いでないと、後々自分の専門ジャンルを形成できないのではないでしょうか。業界側にしても最先端であればあるほど、専門の通訳者に育ってもらわないと困るわけでしょうし。
常盤:
そうですね、本当に。でもやはり有り難かったのは、プレゼンなさる先生も、それから聞いてくださる外国人の方も、きちんと「てにをは」さえつければ、大体分かってくださいました。「てにをは」で単語の間を繋ぐとか、そういうことをやっていたように思います。

通訳の仕事をしながらISSで教える

鈴木:
そういった通訳の現場があると同時にISSでも教えていらっしゃったのですよね。
常盤:
ISSでジョージタウン大学に行く機会を与えていただいたので、帰国後もISSの通訳者としての仕事を優先しながら、週に何回か夜のコースを教えていました。
鈴木:
どういった内容を教えていたのですか。
常盤:
基礎の下から2番目ぐらいのクラスを教えていました。通訳学科2年目の生徒には、経済だとスティグリッツ(J.E. Stiglitz)の英語の本を教科書として使っていました。ミクロとマクロ両方の経済学の本で、日本語訳もあります。1学期目は、とにかく1ページ目からやりましょうと。教科書は生徒さんにも渡して予習させ、教室ではテープを流して聞かせました。
鈴木:
そうしますと、生徒さんは、ある程度の教養的素地をもっているということですね。
常盤:
夜のクラスに来る方は、大体お仕事を持っていて、その現場でも多少、外国人の方と接触する時間があって通訳者になりたい方が受講していました。モチベーションは高かったです。
鈴木:
必ずしも専門家である必要はないけれども、ある程度のベースを持っていれば、必要に応じて勉強しますからね。
常盤:
そう思いますね。生徒さんが真剣なので私は教えるのがとっても怖かったです。経済なんて、こちらは真面目に勉強したことはなく、大学で経済概論を学んだぐらいでしたから。それでも、生徒さんは一生懸命食いついてくれるので、講師を何年かやっていました。

鈴木の感想

ジョージタウン大学のあるワシントンD.C.は新聞報道などでよく耳にするものの、一般受けする場所ではなさそうです。訪米した経験をもつ学生に、ワシントンD.C.に行ったことがあるかどうか尋ねてみても、ニューヨーク、カリフォルニア、ハワイには行くものの、ワシントンD.C.にはあまり行かないようです。アメリカの歴史や文化そして外交などに関心を持つ人には穴場と言ってよいでしょう。米国の著名政治家が居を構え、各国大使館が軒を並べているので、よく国内外の要人を見かけます。モールと呼ばれる中心広場を囲み、国会、ホワイトハウス、リンカーン・メモリアル、モニュメントなどが威風堂々と立っています。そうした歴史的な建造物の隙間を埋めるかのように、スミソニアン博物館に属する建物群、国会図書館(Library of Congress)、国立公文書館を筆頭に連邦政府の省庁や関連機関の建物がひしめくように居並び、それぞれが貴重な歴史的な資料や展示物を無料で公開しています。一年を通して大小様々な国際会議があちらこちらで行われており、多言語・多文化の様々な問題についての討論を同時通訳付きで聞くことができます。自ずと世界中の同時通訳の専門家が集まるので、通訳学の理論と実践を学ぶには最適な場所の一つと言ってよいでしょう。常盤先生が留学先にワシントンD.C.を選んだ背景には、こうした利点もあったものと推察いたします。

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