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本シリーズでは、特色ある大学のトップの方々に、大局的な視点から大学の現状や英語教育、今後の指針などについてインタビューさせていただいた内容をご紹介しています。

今回は、国際都市である横浜市と多方面で連携を深め、市の「知的な部分」として機能しながら国際社会に通用する大学づくりに邁進中の横浜市立大学の登場です。

自ら先頭に立ち、その改革に奔走される横浜市立大学 布施勉学長にお話を伺いました。

布施 勉 先生

布施勉 先生 プロフィール

1941年生まれ
中央大学大学院法学研究科博士課程修了
法学博士(専門は国際海洋法)
亜細亜大学講師等を経て、
1993年4月横浜市立大学文理学部教授
2005年4月から2006年3月まで同学副学長
同学退職後、同学名誉教授
2006年5月から2008年3月まで横浜市代表監査委員
2008年4月より現職

大学改革への道のり ~構想5年、実行5年~

今日は横浜市立大学の英語教育と国際化を中心にお話を伺いたいと思います。さて、こちらは1882年に創立された横浜商法学校が元となっていらっしゃいますね。

元々は明治7(1874)年にできた市立十全医院の流れをくむ医学部と、日本の貿易拠点の1つである横浜にできた「横浜商法学校」の流れをくむ商学部が1つになった大学です。医学部というと、日本の大学ではほとんどがドイツ系ですが、横浜市立大学の医学部はアメリカ系であることが面白い点です。ローマ字の「ヘボン式」はヘップバーンという十全医院の創設者の一人の名前から由来しています。彼は宣教師で、英語も医学も教えました。英語の塾は現在の明治学院大学になり、ヘップバーン先生が明治学院大学の学長になりました。そして医学の塾がこの横浜市立大学の医学部になりました。ヘップバーン先生自身は眼科医で、アメリカから宣教師であり医者である人を呼んで新しい医院を設立しました。そういった2つの歴史があるので、源流を1つにして大学として総合的に管理するのが難しく、法人化の目的の1つもそこにありました。今年で5年目ですが、これからさらに5年くらいの間に、もう1回大学改革をやって本格的な意味での大学の機能化を図るようにするつもりです。前市長の中田さんが市役所内部の改革と同時に大学の建て直しを進めました。ドラスティックな改革を嫌がる教員も多かったのですが、その時に横浜市立大学は思い切って機能的な改革を進めたんですね。その結果、自画自賛ではないけれど、今日本で一番改革が進んでいる大学になりました。医学部を除き伝統的な学部学科制度や教授会制度は全部捨てて持っていません。

教授会もですか。

教授会はありますが、いわゆる伝統的な意味での教授会ではありません。また、複数あった学部を国際総合科学部1つにしてコース制を導入し、学生が自由に授業をとれるようにしました。例えば今までは、大学のお仕着せで必修科目が決まっていて、それを全部取ってから、次に自分の希望する専門的なことをやっていました。だから大学を卒業した時点では、みんな同じ顔で世の中に出て行って、その後会社が独自の個性化教育をやっていくという風習でした。でも、それでいいのでしょうか。学生の個性を考えずに、教える側の考え方だけで授業をしていくのはおかしいし、大学時代から個人の生き方の原型を考えていくには、その人個人のプログラムで教育していかなければいけない、ということです。もちろん、これはものすごい論争になりましたが、病院と同じように一人ひとりの教育カルテが必要だということです。自分はこういうものに向いている、こういうことをやりたいということに基づいてカリキュラムを作っていくのです。一番典型的な例としては、理学部に環境科学科という学科があったのですが、地球環境問題を考えると、理学的なアプローチもありますし、法学的、経済学的なアプローチもあります。それを一部だけ見て学んだとしても、それだけでは環境の総合的な概念を把握できません。そこで作ったのがコース制です。コースは自由に変わることができ、例えば理系のコースに属すると同時に文系のコースにも所属することができ、最終的に理系で卒業論文を書いたら理学士とする。だけど、学生が300人いたら300通りのカリキュラムになってしまうので、こういうことをしたいのであれば、こういう風にとればよいというモデルカリキュラムをコースごとに3つくらい示しています。もっと5とか10にするべきではないかという論議もありますが、基本的に、学問分野に限定された意味でのいわゆる必修、準必須というのはありません。ただし、特定のレベルの必要性があるという意味での必修はあります。その典型的なものがプラクティカル・イングリッシュです。

リベラル・アーツと言われている領域を学部ごとに分けて、そこに18、19歳の学生たちが入学していきなり理工系の精密な科学をやったり、法学部では民法か商法に進むか決めたり、経済でミクロかマクロにするかなどを、決められるわけがないだろうということですね。1、2年生のときには幅広く学び、最終的には哲学でも理系でもいい、自分の可能性を幅広く探っていくという教育はここ数年でだんだん増えてきたという感じがします。それを10年前に考えていたというのは非常に早いと思います。

そう、早いですよ。いろいろな大学を徹底的に調査・研究したんですが、誰もやっていないから結局はだめでした。自分たちで未来を想像して考えていく以外にないんですね。大論争を展開し、準備期間に4、5年かかりましたけれど、やっと落ち着いて法人化して今年で5年目です。

英語は基本的なツール、英語力なくして国際社会でリーダーシップはとれない

先程、特定レベル以上の英語力をつけるための必修としてプラクティカル・イングリッシュを導入したということでしたが、横浜市立大学ではTOEFLテストITPで500点以上取らなければ進級できないということで有名ですね。

どこの大学でも英語教育に力を入れていますが、進級要件としている学校はほとんどないですね。

色々な試験がある中で、TOEFLテストを選んでいただいたのはどのような理由からでしょうか。

改革の時に5年間大論争したことが、2つありました。1つは、個人的な経験からきています。私の専門は国際海洋法ですが、70年代から80年代にかけて国連海洋法条約を作る時に日本政府から呼ばれて、会議に参加したり、研究をしたりしていました。その後、海洋問題を扱う専門家がこんなに多く国連に集まっているのだから、世界学会を作りましょうという話になり、国際海洋法学会「海の平和学会」という学会の結成に参加することになりました。その後、日本は海との関わりが強いということで理事になり、企画評議会の議長になりました。その時ヨーロッパで目の当たりにしたのが、ECからEUになっていく大きな動きの中での大学の変化です。それまではイギリスの大学では英語、フランスの大学ではフランス語、ドイツの大学ではドイツ語が使用言語で、お互い大きな交流もありませんでした。それが、EUにおける共通政策の1つに大学教育が入ると、英語が主要作業言語になり、ヨーロッパの大学は英語教育に力を入れ始め、数年後には多くの先生が授業を英語でするようになったんです。するとフランス人だからといってフランスの大学に行く必要はなく、いい大学だったら国境を越えてどこにでも行く、という大学競争社会になったんです。そこであっという間にフランスやドイツの伝統的な大学が出遅れました。よく考えたら、フランス、ドイツ、イギリスの大学がそれぞれの縄張りを持てたのは、言葉のためだったんですね。これと同様に、ヨーロッパやアメリカの大学に比べて日本の大学のレベルが低くはないにも関わらず、日本の学生が海外に行かないで東大を頂点とするヒエラルキーの中で悪戦苦闘をしているのは、日本語しか出来ないからということが原因です。これでは国際社会で取り残されてしまいます。英語というのは教育の主題ではなくて、教育のための基本的なツールであって、それができない人が国際社会でリーダーシップをとるなんて言っていることがおかしい。学会に出席すると、いろいろなところに日本人がいるけれど、リーダーシップをとれる人がほとんどいません。国連の通常予算の20%近くを日本が払っているのに国連でリーダーシップを取れる日本人もほとんどいないのです。これは将来的には日本の没落を意味しているのではないかと思いました。そのため、国際化なんてかっこいいことよりも、どこに行っても通用するツールとしての英語を徹底的にやろうと主張しました。同時に、市からは「横浜は国際都市であり、多方面で国際的な連携を進めていかなければいけない時に、その一部である横浜市立大学は横浜市が必要とするような大きな国際化の流れを支えていく事をやっていないのではないか」と言われたのです。まさにその通りだったので、大学における「国際化」の定義を変えました。国際的な問題を市と一緒にどうやって具体的に解決していくのか考え、それが国際社会で位置づけられた時に、初めて市大は国際化できたといえる。学生が何人留学して何人留学生が来ているというのは末梢のことであって、本格的な国際化のテーマではありません。そこで学生全員に徹底的にプラクティカル・イングリッシュをやらせ、TOEFLテストを課す英語教育をやる。ちょっと時間はかかるけれど、それが横浜市立大学から世界に学生を送り出して行く最大の貢献なのではないかと思ったのです。

改革の時のもう1つの論争とは何でしょうか。

もう1つは、私も徹底的に自覚させられましたが、ちっぽけなスケールの人間は国際社会に出てもだめだということです。名刺や肩書きなんてほとんど意味がありません。この人はどういう人間なのかということにみんな興味を持ちます。この人と一緒に仕事をしたいと思ったら寄って来るけど、そうでなければ、どこどこ大学の教授と言っても相手にされない。そういう時代だからこそ、早くから専門知識をやるのではなくて、4年間は人間の土台作りをすることにしました。そして大学院の修士課程を含めた6年間教育をイメージして、本当の意味での専門は大学院でやるのです。保護者に対して、若干お金はかかりますけど6年制大学という考え方はどうですか、と聞いてみました。すると、それでもいい、息子や娘たちが大きな力を蓄えて、堂々と生きていくことが出来るのであればいいと言ってくれました。ましてや公立大学なので、私立に比べて授業料が安いし、補助を受けることも出来ます。必ずしも一貫教育ではないのですが、大学院を改革して学部と連結させようと思っています。大学院の目的をはっきりさせて、それに基づく学部教育の統合化を進めます。学部から上げていくのではなく、大学院教育はこういう目的でやるので、そのために学部ではどのような勉強をしていけばいいのかを考えさせる。それが上手くいけば、6年といわず5年でもいいのかもしれません。そして思い切り世の中に出て行って欲しい。すると自分たちのやることもはっきりしてくるだろうし、様々な力、例えば語学力とか、ボランティアなどの経験とかが役に立ちます。ボランティアは市でもいろいろやっていますから、そういうところで経験を積ませようとしています。だけど本質的に自分に自信がないと、どこで何を経験してもだめです。だからできるだけ4年間は、自分の人生や生き方を考えて、自分に自信を持てるようになって欲しい。そのためにも英語はやる気があれば今後いくらでも出来るので、とりあえずTOEFLテストITP500点くらいはとってください、それから先は全員が同じ方向に行く必要はない、と言っています。本格的にやる人は550点を目指してアドバンス・コースに進み、そうでない人も500点くらいとっておけば、あとは自分で様々な応用をしながら勉強することができる、という考えです。同時に、卒業論文を完全に必修としています。卒業論文は、指導教授ではなく、各コースの卒業論文認定委員会で意味のある卒業論文かどうかを客観的に判定して、OKであれば卒業できます。その他にもいくつか技術的な意味での必修はあります。プラクティカル・イングリッシュも、初めはどのように教育すれば良いかわからず、なかなか突破できなかったのですが、「PE(プラクティカル・イングリッシュ)センター」を作り、外国人の先生方12人にスタッフとして研究していただいています。現在は、プラクティカル・イングリッシュは1年で終わらせて、そこで出来ない人は2年に進級してレベルに添った授業を受け、それでも合格しないと3年には進級できないという仕組みになっています。

TOEFLテストITPを活用したプラクティカル・イングリッシュの効果

TOEFLテストITP500点のハードルは高いというイメージがありますが、それを意識して入ってこられる学生が多いと聞いています。500点という目標設定の成果はありましたか。

ありました。目標を持たないとできないですし、「大学行ったら遊ぼう」というレベルダウンした考え方を捨てて、一生懸命やればできます。当初は500点どころか530点説が主力だったんですよ。また進級ではなく卒業要件にしようという案もありました。実際、キャンパスは普段は朝8時半ごろには学生でいっぱいです。他大学では出席率の低い1時限目の授業にも当たり前のように学生がいます。

よく勉強するようになったということですね。

そうです。横浜市立大学に来たら、それをやるのが当たり前のようになっています。初めは、高校時代には受験勉強させられて、大学に来てもまだこんなに勉強させられるのかと言われました。けれど、そうじゃない。自分の長い人生を決めていくのは今しかない。今楽しく遊べても、将来道に迷ったらどうするのか。昔は終身雇用制だったから、会社に入ってしまえばどうにかなりました。今はそんなことはないわけで、途中で放り出されても「俺は俺で生きていく」という、自信をもった人生でなければだめ。スコアについては2年生で90%ぐらいはクリアしますし、やる気があれば、3年間でほとんどが取れます。別に英語ができたから、その人柄とか人生がどうだと言っているわけではないのですが、大学としてはきちっと決めてやっています。それができなければ、救済する意思はないので、学生にはなるべく早い時期に方向転換したほうがいいよと言っています。

大学の定めた基準に学生が応えているのですね。その他何か成果はありますか。

今までの国際交流ではいろいろな海外の大学と協定を結んでいましたが、これはほとんど意味がないと思っています。というのも、提携校の多くが英語のトレーニングのためで、「横浜市立大学はこういう目的で、こういう授業を展開しようとしていますが、あなたの大学ではどういう目的で、どういう講座があって、どういう教授がやっていますか」と聞くと、「知りません」となってしまうのです。また、帰国した学生にインタビューすると、「横浜市立大学の授業の方がレベルが高い」と言うのです。アメリカの伝統的な大学などとの提携は、イコールパートナーシップの契約ではないと気付きました。向こうの大学に学生を入れてもらって、2年くらいで「留学済みの学生」というタイトルを持って帰ってくる、そんなのはもう止めようと思ったのです。どういう大学のどういう講座が、地域社会や国家社会、また人類社会に対する貢献に役立ち、その中で求められる学生の教育をすることができるかを考え、様々な学生が国内社会だけではなく、世界中から集まってくれば、それが「University」の意味ではないかと思うのです。ここは市立大学だから、提携大学の州知事さんと横浜市長さんが会談して大学はいかなる役割を果たすべきか話してもらい、その中で私たちはどのように国際化を図って、どういう研究をして、どういう教育をしていくのか、どういう学生を育てるのか等々を考えれば、共通授業や共通学部の共同経営もできるのではないかと思うのです。 それからもう1つ、今横浜市はシティーネットという都市間の連携国際機構を持っています。世界の大都市と一緒に都市問題を検討していこうというものです。初めに横浜市が音頭を取ったため、会長は横浜市長です。その総会が去年の9月に横浜で開催され、各都市のプレゼンテーションがあったのですが、具体的な話が少なく、「大都市が大きな問題を抱えているこの時期に、せっかくの都市間連携でお茶飲んでいてどうする」という批判がありました。だから具体的なモデルケースとして都市間で様々な協力関係を作ればいいと考えました。例えば横浜市とインドのムンバイが一緒になって都市問題、環境問題、ごみ問題、水問題、それから公衆衛生上の問題といった問題で連携する。横浜市は今までこれらの問題に関する対策を実施して成果を上げているので、ムンバイで成果が上がっていないのなら、技術移転やマネジメントをやり直し、JICAや世界銀行の融資を受ければ、総合的に都市問題を解決していくことが出来るはずです。先進国の大都市である横浜市には、そういう責任があるのではないでしょうか。すると、もしもそれができるのであればJICAはそれに乗ります、そして世界銀行も共同融資しますということになりました。そして横浜市役所も、誰かが企画してマネジメントすればそれに乗ると言うんです。そこで大学こそが、いろいろな問題の調査・計画・評価を研究の課題とすることができるはずだという話に発展しました。基本的な事業契約の当事者は市ですが、大学はサポートできます。そのためには現地の大学も入れて、都市と大学間で総合的にそういった課題に取り組むのがいい。例えば開発途上国の大都市で問題になるのは、健康問題です。横浜市立大学には医学部のOBや先生方など経験者が大勢いるから、アイデアを持っています。すると、大学間の連携は単に学生が取得する単位の話ではなくて、問題解決型の研究教育をどうして進めていくかが大問題となる。だからシティーネットを支え、その一部となる「大学国際アカデミック・コンソーシアム」を作ろうということになり、今年度に発足する予定です。いくつかの大学に呼びかけて、「City and University」というシンポジウムをやり、論議しました。その時、学生が、「先生方ばかりそんなことをやって、私たちの国際貢献はどうするのですか」と言ったのです。もちろんお金もないので、通訳もなく、作業言語は英語だけだったのですが、このシンポジウムではアカデミック・コンソーシアムの一部として、ステューデント・コンソーシアムを作るという提案がなされ、学生たちは自分たちのプログラムを企画して実施しました。立派なものでした。チャレンジできるようなプラクティカルな英語能力がついたということだと思って、私はものすごく嬉しかった。

数字では計れない本当の「国際化」

大学の国際交流は、協定校数を増やす、留学者を増やすということが大学ランキングの1つの要素になっています。しかし、今の布施先生のお話ですと、こちらの大学ではこういう学生を作る、そちらではこういう教育をして欲しい、という大学同士の目標があってこそ、本当の協定校となるということですね。

まったくもってその通りです。今ものすごく焦っているのは、これから10年後に、市大に学生は来るだろうかということです。というのも、今は日本人の学生は、プラクティカルな意味で英語ができないから海外に行けず、しょうがないから日本で進学しようということになるわけです。でも横浜は、小学校から英語教育をやろうとしていて、その結果、高校を卒業した時には仮にTOEFLテスト530点ぐらいの力になっているとすれば、そういう学生が横浜市立大学を選ぶのだろうかと思うのです。恐らく今までは、高校生がどの大学に進学しようかと検討する際には外国の大学は入ってきません。でも国際化が進んだ時代になれば、ヨーロッパではこの大学、アジアだったらこの大学、中国だったらこの大学、アメリカではこの大学ということになり、日本の大学は1校か2校しか検討リストに入らないかもしれません。その1校2校の中に横浜市立大学が入れるのか、ということなんです。このままでは入れないでしょう。だとすれば、本格的に国際的競争力を付けないといけないということになります。学生が横浜に来て、横浜市立大学で勉強する意味をきちっとわかるような取り組みを今から始めないと、日本の大学に進学する日本の学生がいなくなってしまうのではないかという認識があります。だからその時は、横浜市立大学の場合、大学だけではだめで、横浜市と一緒になって、魅力ある街づくり、国際社会でも通用する都市づくりの一環として、大学づくりをしようと思っています。50年先の新しい横浜像に合ったような大学はいかなるものかと問い、大学を作っていきます。

横浜市のインフラとしての大学ということでしょうか。

そう。大学が市の外にあるのではなく、市の「知的な部分」として機能するということです。そういう目的を達成させるために、カリキュラム、ゼミ、学生指導、英語教育などを全面的に目的的、機能的に整備し直す必要があります。これから世界で活躍していくために、最終的にリーダーシップをもって活躍でき、少なくとも一人の人間として生き抜く力をつける、それが大事だと学生には言っています。

横浜市立大学は、2008年から私どもCIEEの海外ボランティアプログラムに参加されていて、人数で言うと2008年が23名、2009年はインフルエンザをものともせず、21名が参加しました。 この海外ボランティアプログラムは、英語を共通言語として、夏休みの2、3週間を、ヨーロッパなどで、世界中から集まった15名ぐらいの仲間とともに働く、というプログラムです。横浜市立大学では、意識が高い学生に対して交換留学などの支援をする一方で、学生が自発的に一人で海外に出るという形も非常にうまく取られていると思うのですが、このように1人で海外に出て何かをやるという学生が増えてきたことについては、どう思われますか。

それはとても好ましいことですね。私は最終的には一人ひとりが自立した人間でないと、いくら偉くなってもだめだと思っています。ただし、一人で自分の人生を歩むためには周到な準備をしていかなければいけません。国際社会はそんなに甘くありませんから。それでも頼もしいですね。そのくらいの迫力がないと、経済的に大きいこの国家を21世紀に背負って立つ人なんて出てこない。 今までヨーロッパや日本でもいろいろなことが大きく変化してきました。今までのやり方で教えてももう意味がありません。そうすると、若い人たちだけじゃなくて相手方の大学とも一緒になって、新しい学問体制、協力体制を作っていかなければ、意味がある教育なんかできっこないと思うんです。それをまともにやるとなると、今までの単なる「交流」ということではもうだめです。

20世紀までの国家制度や政治経済がすごく変質してきていて、その国家制度を前提とした様々な学問が機能しないという状況になってきているから、自分たちでどうすべきかを創造的に考えていかなければなりません。だとすれば、新しい人類社会のための制度設計や研究は大学がやっていくべきです。世界の大学のリーダーにはそういう気負いがあります。こういう状況を考えたら、何名の学生を送り出しただとか、どこの大学と協定を結んでいるかなんて、そんなことはどうでもいいのです。だからこそ数字にはほとんど興味を示さず、本質的な国際化のための準備、例えばプラクティカル・イングリッシュをきちっとやって学生が英語を使えるようにしたり、あるいは市を巻き込んだ制度を作るということの方に、この5年間ものすごく力を入れました。そのお陰で、実は予想以上に成果がありました。だけど表面的な数字で見ると、国際化できていないと言われてしまうんです。

既成概念の切り口から評価されるとそうなってしまうのですね。

そうなんです。去年、市の中にある法人評価委員会による大学評価を受けました。すると、A、B、CのC、非常にできていない項目を2つ指摘されました。それが国際化と地域貢献です。私たちは、すでにいろいろな準備をしてきています。それらを一気に爆発させようとしています。今は仕込みの時期の後半で、例えばプラクティカル・イングリッシュをとっても、90%の学生がクリアできるようになっているし、アドバンス・コースも始めましたが、次は市立高校まで広げたい、と考えています。これは横浜市からも要請されていることなんです。

全て一貫していると思います。市というものをどうするかという目標があって、その市のインフラとして横浜市立大学があり、高校に対してもある程度の責任も持ち、トータルとして市とともに横浜のいわゆる国際化に役立たせ、その中での教育を考えていく。

「実践的」な「教養」教育とは

ところで、こちらの国際総合科学部の目標である「実践的な教養教育」についてですが、「実践的」と「教養教育」とでは、日本だと矛盾するようにとらえられる気がします。例えば、実践的英語というなら社会に出て即役立つ英語のことでしょうし、教養教育なら、社会ですぐ必要とはされない深みのあるリベラル・アーツを根底にしているということになると思いますが、その点はいかがお考えでしょうか。

それは、学内でも大変な論争になりました。「教養」について抽象的な表現はありえないと思っています。例えば私にとっての教養とは私の目的をグレードアップするもので、それを離れた教養はありません。ですので、横浜市立大学の場合、大学のミッション、横浜市を媒介にして国際的に、地域社会に貢献していくことを盛り込んだ大学独自の教養をきちんと定義してやっていきましょうということになりました。アメリカはアメリカ、イギリスはイギリス、横浜市立大学は横浜市立大学の教養教育です。このPractical Liberal Artsを日本語に訳すと「俺たちの実践的教養教育」になります(笑)。

読者へのメッセージ

TOEFLメールマガジンの読者にメッセージをお願いします。

英語力は基本的なコミュニケーション能力の1つです。国際社会の中で生きて行くことは、自己をどのように表現できるかにかかっていると言っても過言ではありません。そして日本には、国際社会をより良い方向に向かわせる責務が運命的にあると私は思っています。とするなら、自分の人生の目標として、自分のレベルでどういう貢献ができるのかを考えたその時に、当然コミュニケーションできなければいけません。日本語ができるのは当たり前として、空気を吸ったり、歩いたり、ご飯を食べたりするのと同じように、まずは英語能力を身につけてください。そうなって初めて、広い意味における日本人として世界貢献ができます。もう少し先を考えるなら、そうしなければ、日本は平和国家で、憲法9条により武力がありませんから、他国と本格的に渡り合っていくことはむずかしい。国際社会に於いて、我が国が存在していくためには、一人ひとりの人間が人類社会のために役に立つことが必要なのです。それが資源の乏しい国が生きていく唯一の道です。しかし、本当は少し違うんですよ。日本は実は世界最大の資源国家の1つです。というのも海の部分、排他的経済水域を含めて日本が利用できる地球表面を考えると、世界でNo.6ぐらいです。中国や韓国は、日本が存在するために海に排他的管轄権を拡大できません。これを、地理的不利国(geographically disadvantageous states)と呼びます。反対に日本は、太平洋側に国が存在しないので、北西太平洋のほとんどが日本の排他的経済水域として我が国の排他的管轄権の下にあります。これをどのように管理・利用していくのか、海底に何があるのか、それを科学の力で解決できれば、大変な経済的効果があります。手付かずの自然は、地球上では海だけですから。しかし、性急に海洋開発などはやってはいけません。横浜市立大学の理系の研究テーマの1つが、海を切り口とするバイオマス研究です。日本の海洋スペースを合理的に利用したバイオマス研究で成果が出れば世界が変わっていきます。こういうものを利用しながら平和的に全世界の人を説得していくのが、憲法9条下における、わが国の外交安全保障政策ではないかと私は思っています。そのためにも、英語能力は不可欠ですね。

本日は多岐にわたるお話をどうもありがとうございました。

2010年8月2日(火)、東京にて教育者セミナー開催決定!

横浜市立大学の英語教育についてもお話いただきます。詳細については次号メールマガジンにてお知らせします。

インタビュー:2010年2月19日 国際交流促進部 部長 掘越敏明

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