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様々な世代の人々が様々な場で、生涯を通して何らかの形で英語にかかわって仕事をしています。英語は人それぞれ、その場その場で違います。このシリーズでは、英語を使って活躍する方にお話を聞き、その人の生活にどう英語が根付いているかを皆さんにご紹介し、英語の魅力、生涯にわたる楽しさをお伝えしていきます。英語はこんなに楽しいもの、英語は一生つきあえるもの。ぜひ英語を好きになってください。

第29回 Lifelong English – ニューオリンズ・ラスカルズのジャズメン人生 その3

鈴木 佑治(聞き手)

鈴木 佑治 先生
立命館大学生命科学部生命情報学科教授
慶應義塾大学名誉教授

川合 純一氏

川合 純一氏
ニューオリンズ・ラスカルズのバンジョー、ボーカル担当

鈴木先生のラスカルズについての寄稿 83号↓
http://www.cieej.or.jp/toefl/mailmagazine/mm83/reading-01.html

84号 – その1↓
http://www.cieej.or.jp/toefl/mailmagazine/mm84/reading-01.html

85号 – その2↓
http://www.cieej.or.jp/toefl/mailmagazine/mm85/reading-01.html

ロゴ

【ニューオリンズ・ラスカルズ近影】

河合良一さん(クラリネット、リーダー)、志賀奎太郎さん(トランペット、ボーカル)、福田恒民さん(トロンボーン)、川合純一さん(バンジョー、ボーカル)、尾崎喜康さん(ピアノ)、石田信雄さん(ベース)、木村陽一さん(ドラムス、ボーカル)
ニューオリンズ・ラスカルズのWebサイト

ジャズで国際交流

鈴木:
ラスカルズのすごいところは、世界中に心を共にするグループがあり、その方たちとずっと交流が続いているということです。どのように出会われたのですか。
川合:
それはもちろんニューオリンズで。ニューオリンズに行くと、世界中から同じ様な人が集まって来るんです。ジャズのメッカですからね。そこに集まる人たちはものすごく似ているし、同じような年齢なので、少しくらい英語わからんでも、共通のパワーであるジャズで友達になりました。40何年間ずっと友達。そういう人たちが、それぞれの国でそこそこのミュージシャンになっても、今も同じ気持ちで付き合うてる。
鈴木:
ヨーロッパのジャズ界はかなり盛大だと聞いていますが。
川合:
僕たちも時々招待されてね、スイスとかノルウェー、スウェーデン、ベルギー、オランダも行きました。そういう国ではみんなそこそこになっていたり、プロデューサーになっていたりしてるから、顔が利く。僕たちも日本でそこそこではないですけれどね、神戸に呼んだりして交流していますね。
鈴木:
例えばドイツ人と日本人が、ジャズについて話すときは英語で話すわけですよね。
川合:
僕らの音楽の場合は英語がしゃべれないとダメ。あのフランス人でも英語をしゃべりますよ。同じテーマで、同じ感じ方をしますから、みな英語でしゃべります。でも演奏は言葉が要りませんからね、“ジャズターナショナル”! 僕たちは楽器がありますから、音楽で通じます。
鈴木:
ロシアはどうですか。
川合:
ロシアにはジャズはあまりないですね。ハンガリーとかノルウェーとかではありますけれど。オーストラリアでも盛んです。
鈴木:
やはり共産圏はあまりないのですね。
川合:
やっぱりジャズというのは一つの文化、アートですから。僕たちはジャズを一つの絵と思っているんですよ。僕たちはこのような絵を描いていて、同じような絵を描くという意味では、スイングやモダンもひとつの絵ですね。色んな絵があるけれど、同じ絵を描く人たちが同じところに集まって、その技術を楽しむというような感じです。この間もラスカルズ結成40周年のときに、25名の外国人が集まりました。

【1966年、カリフォルニアのニューオリンズ・ジャズ・クラブにて】

口羽:
あとはボブ・グリーンというコラムニストがラスカルズが好きで、ここにもよく来ます。彼はケネディの演説の下書きを書いていた人ですけれど、ニューヨークに居てるから、ラスカルズがニューヨークに来たら家に来いって言ってくれる。それとね、ラスカルズはほとんど譜面がないんですね。川合さんは譜面が読めないから、どこに行ってもできる。本物のミュージシャンたちがどういう風に演奏したってことを彼はわかっているから、ベタですけど、メチャクチャ上手い。誰もできない世界ですもん。
鈴木:
すごいですよね、とにかくレパートリーが広い。どんな曲でも演奏してくれる。譜面無しですか、曲が頭に入っているんでしょうね。
口羽:
2、3年前にあったアメリカのウェストコーストのジャズ・フェスティバルで、トリがラスカルズだったんですよ。アメリカのフェスティバルで、トリがラスカルズですよ。お客がすごく集まったらしいんですけど、最後のステージに出たラスカルズは、始まった日からそれまでに他のバンドがやった曲と、1曲も同じ曲をやらなかったって言うんですよ。百何十曲もあったのに、同じ曲をやらない。そして譜面は読めない。今も川合純一さんが用意するのはコード表だけです。コード表もほとんど見ないですけどね。面白いもんでね、間違うてても、平気でやっているんですよ。「あれ?」と思うんやけども、全体的に見るとなんともなってない。それがラスカルズの魅力です。
鈴木:
今でも毎年そういう世界中のジャズメンが集まる交流があるんですか。
口羽:
そうですね、それに近い交流はあるのかな。ただラスカルズはほとんどの人が、川合純一も一会社の社長ですし、自分たちのペースに合わせてね。
鈴木:
ジョージ・ルイスなども昼間は他の仕事をしながら音楽をやっていましたね。
川合:
基本的にニューオリンズ・ミュージシャンはプロフェッショナルだったんですけれど、それだけではやっぱり収入がないから生活できなくて、左官屋とか港での荷揚げ作業とかそういう仕事をやっていたんです。ほとんどミュージシャンは、昼は音楽ではないことをして、夜からバンドを楽しんでいるということでね。
鈴木:
その日の鬱憤をはらしたり。
川合:
鬱憤というよりは、単純に音楽が好きだったからでしょうね。例えばルイ・アームストロングを見て、自分もあんなふうにお金持ちになりたいと、そりゃあみんな思いますよ。でも音楽ではルイと同じくらい素晴らしいものをやっています。お金が欲しい、お金持ちになりたいって言うのはそうだけれども、もちろんそれでお金をもらっていますけれども、お金のためにジャズをやってない。それがニューオリンズ・ジャズなんです。
鈴木:
だから心に響くのですね。

ニューオリンズ・ジャズを残していくこと

鈴木:
ところで2005年にニューオリンズ市がハリケーン・カトリーナに襲われて、今はどのようになっているのでしょうか。
川合:
あれで創成期のニューオリンズ・ミュージシャンはみな亡くなりました。次のジェネレーションの人たちはいますけれど、どうしても違うスタイルになっています。それは仕方がない。カトリーナで街がめちゃくちゃになりましたけれど、プリザベーション・ホールの辺りは少し高台になっているんですよね。水が来てもすぐ引いたから、建物は残っています。だけどもあのダメージで観光客は20%程度減ったそうです。今でも落ちていますね。今じゃ日本の旅行会社でニューオリンズ・ツアーなんてないんちゃうかな。街は残っていますけれど、カトリーナ前のようなああいう雰囲気はないですよ。それは残念ですね。

【プリザベーション・ホールのエントランスで】

鈴木:
プリザベーション・ホールは残っているのですね。
川合:
はい、あります。ただ建物は残っていますけれども、活気がまずない。ハリケーンは毎年来ているんだけど、あの時のは人災といわれているんですよね。国が防波堤を作らないといけなかったのに、貧民街を取りのぞくためにこうしたのではないかとかね。でも悲観視ですかね、僕はまず復興は出来ないと思っています。ミュージックがないんだから。若い人で復興しても、昔のニューオリンズではなくて、また違う形のニューオリンズができるかも知れんけどね。
鈴木:
日本も含め各国は、それぞれの主流文化を残そうという動きはあるでしょうが、黒人文化はアメリカではどうしてもサブカルチャーとして扱われています。でも基本的には世界の若者の音楽文化は、よくよく調べてみると結局はブルースとかニューオリンズに戻るわけですし、ぜひ何とか形として残してもらいたいなと思うのですが。
川合:
ジャズ・アーカイブは、スウェーデンとかドイツでファンがやっていて、ちょこちょこあるんです。もちろんニューオリンズでもジャズ・アーカイブを残そうということになって、全部デジタル化してちゃんと残そうと一応資料はあります。ただ問題はそれを見る人がどれだけいるかです。ブルースは今でも大勢ファンがいますね。でも僕たちのジャズは、ほとんど僕たちの年代の人たちに限ります。だからどんなにこの音楽が素晴らしいかということを、若い人たちにも伝えていかにゃあかん。今若い人たちもブラスバンドでどんどんジャズをするでしょう。でも問題は、その指導をしてる人が見る譜面がみんなモダンなんですよ。昔のディキシーランド・ジャズとかはそんな譜面見ないけど、スイングジャズ、それも今のスイングじゃなくて、1930、40年代の本場のダンスの時の譜面を出したらいい。その譜面を完成してやったらどれだけ音が違うものなのか、やっぱりそれなりに変わってるということはあると思うんですよね。今の若い人たちは楽器を触るのが大好きです。ブラスバンドとかとにかくすごいし、皆上手いの!あとはどういう風に引っ張っていくかって事だよね。全員でなくてもいいですよ、その中でジャズが好きな人をピックアップしてね。ただそこまで手をかける人がどれだけいるか。それをしなくちゃだめなんです。
鈴木:
そういうのは皆さんおやりにはならないんですか?
川合:
仕事の方が手一杯で、もう歳いってるし、あと頼むって(笑)。いや、僕は興味を持っていますよ。古いディキシーバンドの古い譜面がありますから、それをお金出して買うんです。後からみんなで割ればいいんですから。
鈴木:
LAのディズニーランドにも確かFirehouse Five Plus Twoというジャズバンドがいましたよね。ああいうのを子どもたちは聞いていながら、それがディキシーランドかどうかというのがわからないのでしょう。アメリカには少し形を変えて残っている。でも、元を知らないということでは、ちょっと悲しくなりますが。
川合:
そうそう。やっぱり伝え方、そういうことですよね。それとそれに対して価値を認めなければ。やっぱり一つの芸術ですから。たまたま僕たちはこの音楽をやっていますから、それをそれなりに残していかないけない、そういうことを考えていますよ。一人でも多くの人が音楽を好きであればいいなと。ホンマにいいものを聴いたら、なんでも人間通じちゃうんですよ。美味しいものは美味しいですよ。だから値段を安くして美味しいものをたくさん提供する。ニューサントリー5だと敷居が高いとか、怖くて入れないとかあるんで、フリーコンサートが一番ええですよ。小学校とか中学校でのコンサートとか。そういった機会をどんどん促進していくのも一つの方法でしょうね。今ラジオをかけてもなかなかかかんないから。
鈴木:
やっぱりアメリカでもこれらを残す努力をしないとね。自分たちのルーツなんですから。多分大方の人たちがある時点で忘れてしまった音楽を、日本で大阪のジャズ・ミュージッシャンの皆さんが演奏をしているって、これは彼らにとっても非常に貴重なことだと思います。
川合:
いやあ、そんなこと言ってもらって本当にありがとうございます。僕たちこのニューオリンズ・ジャズをやって幸せですけれど、なんで日本人の僕たちが50年近くこの音楽をやっているのかということは、これはもう言葉では説明できない。ニューオリンズで出会った友達がいて、ニューオリンズで感じたこれがニューオリンズという音楽だと。そういうことですね。
鈴木:
今日は音楽的にも英語的にもこれだけ本質をつくお話をきけて、とても貴重な機会でした。どうもありがとうございました。

鈴木の感想

ニューオリンズ・ジャズを語る川合さんの目は終始輝いておりました。「でも演奏は言葉が要りませんからね、“ジャズターナショナル”! 僕たちは楽器がありますから、音楽で通じます。」川合さんのこのことばがとても印象的でした。楽器を奏でることにより曲を通して、頭に浮かぶ考えや感情を伝え合う、コミュニケーションがことばだけではないことを教えてくれます。ニューオリンズ・ジャズが結ぶグローバル・ネットワークがあり、ラスカルズを筆頭に大阪や神戸のミュージッシャンがその中で大活躍をしています。ジョージ・ルイスが1960年代に厚生年金ホールで演奏しましたが、その厚生年金ホールも幕を閉じます。若かりし日の川合さんたちも観衆の中にいたことでしょう。本国であのように音響効果の優れたホールで演奏した経験がないジョージ・ルイスの一行は感激したようです。あれから50年余、ルイスの伝統を守り磨き続けたラスカルズに敬意を払います。さて、最近日本でもゴスペルが浸透してきました。ゴスペルの語源は古代英語のgodspel、現代英語にするとgood spellすなわち「福音」を意味します。ジョージ・ルイスやルイ・アームストロングの同じ世代のゴスペル・シンガーにマヘリア・ジャクソンがいました。ゴスペルと同様に、実は、ジャズも神への祈りから始まりました。そのことは多くのジャズの楽曲からも窺えます。ラスカルズも時には教会でも演奏します、ジャズの原点に戻れます。ぜひライブを聞いてみてください。

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