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海外体験プログラムの紹介

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TOEFLテスト日本事務局のCIEEでは、グローバルな視野を持つ人材育成を推進するために、「海外体験事業」も行っています。このコーナーでは、そのプログラムをご紹介することによって様々な形での海外体験・国際交流のあり方や意味、受けた影響などについてお伝えしていきます。

2回目の今回ご紹介するのは、昨年末に新しく始まった「アジア・ボランティアプログラム」です。このプログラムは、「国際ボランティアプロジェクト」で毎年のように行っているボランティア・ワークの中でも、1年を通してボランティア要望のあるインドネシア、ベトナムで、ボランティア・ワークの目的を、より限定した形のプログラムとなっています。インドネシアでは「学校施設での日本語教師アシスタント」、ベトナムでは「孤児院、養護施設での活動」となります。通年(*学校行事や宗教行事により一部対象外の時期があり)でボランティアを募集していますので、大学生はもちろんのこと、自分探し中の社会人、休暇を人のために役立つことに使いたい、退職したけれどまだまだ元気、という方など幅広い層の方に参加いただけます。
今回は、当プログラムスタートに先駆け、現地の施設を視察したCIEEスタッフが、その様子をレポートします。

  • レポーター:CIEE 国際交流事業部スタッフ 石川 昌祐

インドネシア

私が訪問した時は、11月だというのに気温は30℃以上で、日差しも強く、たまにスコールに見舞われることもありました。東南アジアの多くの国と同様に、鉄道のインフラが整っていないため、通勤はもちろん、通学でもみんなバイク(主に日本製)を利用しています。私が今回訪問したいくつかの学校でも生徒は皆バイクで通学していました。排気ガスがすごいので、スカーフを口に巻いて運転しています。現地団体のスタッフは「私たちの肌がなぜ黒いかというと、みんなバイクに乗っているからだよ」といった冗談を言っていました。

【学校の駐輪所に置かれたバイク!バイク!バイク!】

【学校の駐輪所に置かれたバイク!バイク!バイク!】

インドネシアの高校では1984年から日本語が第2外国語として日本語を選択できるようになり、学習者が急増しています。大学でも日本語の専攻課程のある学校が増えてきているそうですが、日本人が日本語教師として就職するのは難しいようです。その理由としては、滞在許可を取得するのが難しい、政府や機関の予算不足ということだそうです。

近年インドネシアもG20に入るなど、経済的に発展してきてはいるものの、都市部と地方の経済格差が広がっていたり、インフラの整備が遅れていたりと、国としてはまだまだたくさんの問題を抱えています。

今回訪問したのは、首都ジャカルタから飛行機で1時間のスラマンにある高校。ここには日本人の先生がいないのはともかく、スマラン自体にもあまり外国人が来ないということで、どのクラスに行っても先生、生徒とも大変な歓迎をしてくれました。授業では、読み書きでは日本語検定4級程度(ひらがな、カタカナ、日常使われる簡単な漢字を使っての読み書き)のテキストを使っており、リスニングでは視聴覚室を使い、日本の歌などを聴いていました。授業の中心は、読み書きとリスニングで、会話の練習はあまりできないようでしたが(英語は小学校から必修で行っているので、英会話はある程度できます)、どのクラスでもみんな元気に「こんにちは!」「さようなら!」と挨拶をしてくれました。あるクラスではKiroroの「未来へ」をみんなで歌ってくれました。

また、他のある学校では日本統治時代に日本語教育を受けたという老齢の校長先生がいらっしゃり、日本人の訪問をとても懐かしんでいらっしゃるようでした。

【インドネシアでの授業風景】

【インドネシアでの授業風景】

インドネシアではイスラム教徒が多いため、学校でも女性は常にスカーフを被っていたり、男性も洋装ではなく伝統的なシャツを制服として着ているところもあり、日本では見慣れない光景にとまどった時もありましたが、新しい文化に触れるいい機会となりました。また、みなさん温かく歓迎してくれ、「日本人の先生がいないので、会話の授業があまりできない。日本語を教えることに興味があるボランティアがいたらすぐにでも来てほしい」と言ってくれました。

また、このプログラムと同様に、ホームステイをしながら高校でドイツ語を教えているボランティアのドイツ人女性に会いました。ヨーロッパから来たボランティアの中には生活環境になじめず、途中で帰国してしまう人もいるようですが、彼女はホームステイ先でも学校でもみんな優しい人ばかりで滞在を楽しんでいるとのことでした。彼女はボランティア活動先である学校の先生の家に滞在しており、このプログラムに参加される日本人の方々も期間中は校長先生や日本語授業を担当している先生の家に滞在することになります。休みの日には滞在先の方々が観光に連れて行ってくれたりすることもあります。慣れない習慣や風俗で戸惑うこともあると思いますが、観光では味わえない本当のインドネシア文化の中で生活することができます。

今回の訪問で印象的だったのは、インドネシアの若者達が日本語、日本文化に興味を持って一生懸命勉強している姿でした。経済的な結びつき以上に音楽やアニメ、ファッションなどの文化的な影響が大きいのだと思いますが、海外で、私達の文化が受け入れられているという事実を知ることができ、非常に感激しました。

ベトナム

ベトナムでは首都ハノイを訪問しましたが、ベトナムはインドネシア以上にバイクの交通量が多いところでした。商店が並ぶ狭い道でも、クラクションを鳴らしながら縦横無尽に走っています。ベトナムで気をつけなければいけないことは犯罪や食中毒よりもまずバイクに轢かれないことではないでしょうか。

ハノイではまず、現地受入団体のオフィス兼宿泊場所を訪問しました。施設は空港からタクシーで1時間ほどの場所にあり、宿泊施設も兼ねているということもあり、4階建ての大きなビルでした。

そこで一番驚いたことはトイレです。ベトナムではホテルや観光地などを除く一般の家庭や施設では紙を流さず、置きつけのゴミ箱に捨てます。紙が置いていない場合もあるそうなのでポケットティッシュやウェットティッシュを持っていったほうがいいでしょう。また新しい文化に出会ってしまいました。

私がオフィスを訪れた日にはヨーロッパから8人ほどボランティアが来ており、大変にぎやかな様子でした。前日に到着して夜はパーティーをしていたらしく、何人かは2日酔いのようでした。これから参加される日本人の方も施設で他の国から来たボランティアと出会う機会があるかもしれません。オフィス兼宿泊施設はホテルのような豪華な施設ではなく、個室でもありませんが(男女は当然別です)、こういった他の国からの参加者達と毎日ご飯を食べたり、空いている時間は一緒に観光に行ったりと親睦を深めることもできると思います。また、施設ではテレビやインターネットも完備しています。

【ヨーロッパから参加していたボランティア】

【ヨーロッパから参加していたボランティア】

オフィス兼宿泊場所には養護施設と孤児院があり、そこも訪問しました。養護施設はベトナム戦争時代に使われた枯葉剤の影響で障害を持った児童や退役軍人が生活しており、アメリカ人の退役軍人の提唱で作られた施設です。日本や他の国からの援助もあったようで、敷地内にある設立記念碑には英語の他に日本語でも言葉が書かれていました。

私が施設の中を歩いていると何人かの子ども達が寄ってきました。カメラを向けると恥ずかしがって逃げてしまう子もいましたが、一人の子は私の手を握ったままずっと離そうとしません。数時間の滞在でしたが、帰る頃には彼らが愛おしく感じるとともに、何十年も前の戦争がいまだに何の関係もない子供たちへ影響を及ぼしていることを考えて憤りも感じました。

孤児院では、下は3歳くらいの幼児から、上は大学に通う青年達が生活していました。部屋は男女別で、年齢ごとに分かれています。部屋には2段ベッドがいくつかと勉強机がありましたが、施設はお世辞にも立派とはいえません。施設長の女性の話では資金繰りが大変で、子供を学校に行かせるのも苦労するということでした。「外国人ボランティアが子ども達のために何ができるか?」と伺うと、「子どもたちは皆外国人と触れ合う機会がほとんど無いので、来て交流してくれるだけでも子ども達にとっては貴重な経験になる」とおっしゃってくれました。

【孤児院での子どもたちの部屋】

【孤児院での子どもたちの部屋】

近年ベトナムは諸外国からの投資で経済成長も目覚ましいですが、今回私が訪問したような施設が各地にあり、恵まれない状況で生活する子ども達がたくさんいるということも事実です。しかし、今回そういった状況の中でもたくましく生きる子ども達の姿を見て、逆に元気をもらったような気がします。

最後に

今回訪問した2つの国は、まだまだ発展途上国で、こうした国で生活することは日本人にとっては不便なこともあり、場所によっては危険もあると思います。しかし、世界には、日本のような社会環境の整った国ばかりがあるのではありません。そして日本も、60年、70年前には、同じような環境でもあったのです。こういった国々でボランティアをすることは、現地の様子を実際に見て、現地の人々と触れ合うことができ、必ずいい経験になると思います。ぜひ一歩踏み出して、自分が知らなかった世界をじかに体験してきてほしいと思います。

■「アジア・ボランティアプログラム」の詳細はこちら

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