TOEFL Mail Magazine Vol.68 June 2008
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生涯英語のすすめ For Lifelong English

様々な世代の人々が様々な場で、生涯を通して何らかの形で英語にかかわって仕事をしています。
英語は人それぞれ、その場その場で違います。このシリーズでは、英語を使って活躍する方にお話を聞き、その人の生活にどう英語が根付いているかを皆さんにご紹介し、英語の魅力、生涯学習としての英語の楽しさをお伝えしていきます。
英語はこんなに楽しいもの、英語は一生つきあえるもの。ぜひ英語を好きになってください。

第12回
イギリスの学会で論文発表した大学生は日本でごく普通の高校生だった?
英語クラスで一番下から出発し、学会での論文発表にいたるまでの成長とは 
その2

鈴木 佑治 立命館大学生命科学部生命情報学科教授・慶応義塾大学名誉教授

鈴木 佑治
立命館大学生命科学部生命情報学科教授
慶応義塾大学名誉教授


今月のインタビュー

山中 司(やまなか つかさ)

山中司(やまなかつかさ)立命館大学言語教育センター嘱託講師立命館大学言語教育センター嘱託講師




日本の英語教育には、とかく典型的な批判がついて回ります。いわく「聞けない、話せない」。しかし本当にそうなのでしょうか。高校までの英語教育でも、大学での英語学習においても、コミュニケーションについて本当に大事なことを、実は私たちは学んでいる、もしくは学ぶことができるのではないでしょうか。
前回に引き続き今回のインタビューでは、立命館大学で講師をつとめている山中司君に話を伺っています。山中君はごく普通に日本の公立学校の英語教育環境の中で学び、大学に入学されました。大学の英語クラス分けで一番下のクラスに入ってしまった山中君は、2年後、イギリスの学会で論文を発表し、オックスフォード、ケンブリッジといった世界でも有数の大学の学生や教授たちと意見を交換することになります。山中君が学会で発表するにいたる過程で身に着けた様々な英語コミュニケーション上達の鍵をご紹介します。


診断としてのTOEFLテスト

山中

大学3年生のとき、一生懸命勉強してきたことを活かせないかと思いました。留学でもよかったのですが、お金も高いですし、何か英語を活かしながら勉強できる方法はないかと探している中で、実際仕事をしながら海外で働ける、インターンシップでCIEEにお世話になりました。
鈴木

僕が紹介したんだよね。こんなのあるよって。

山中 はい、イギリスで日本語教師を探していると。もちろんそれは誰でもなれるわけではなく、TOEFLをまた受けました。
鈴木 そのとき山中君が520点以上とって選ばれた。山中君が大学に入って来た時には、TOEFLで420、30点ぐらいをウロウロしていた。地方から出てきた学生は特にTOEFLを受けるとびっくりしてしまうんだ。そういう山中君がプロジェクトやワークショップなどを経て約1年の結実として、インターンがあった。
山中

私は、例えばTOEFL対策の授業などをとったことはなく、点数を上げるための勉強はしていませんでした。

鈴木 そう、TOEFLは診断テストなのです。それが目的なのではなく、診断としてある。それを君は見事に通過して、夢を実現したのですね。

イギリスでの日本語教師の経験
鈴木 それでイギリスではどうでしたか。

山中

マンチェスター郊外の普通の中学校で日本語を教えました。日本人はひとりもいない町ですが、そこで日本語のカリキュラムをこれから立ち上げたい、ということでした。大学にいくためには外国語も重要で、生徒たちがオプションとして日本語を選べるよう正式なプログラムにしたいということで呼ばれたのです。授業は毎回プレゼンテーションをしているようで、SFCでやっていたように「教える」ということに関して自分自身で英語でリサーチして、組み立てました。
鈴木

つまり、日本語を教えることについてどういうニーズがあるのかリサーチしなければいけなかったのですね。そういうものがないと日本語の教師としても今後どう進めていけばいいかわからないですから。SFCでやってきたことが活きてきましたね。

山中 はい。私は特に日本語教師の訓練を受けていませんし、かといって全部日本語で喋れば授業が成り立つわけではないのでいろいろと工夫をしました。大変でしたが、とてもためになったと思います。そんな時に、インターネットを用いて、なんとか日本の人達と繋げることができないか、ということを考えるようになりました。
鈴木 その頃は2000年で、今のように性能のいいビデオ会議システムがあったわけではなかったでしょう。
山中

1、2秒のタイムラグがあるような時でした。決して技術的に優れていたわけではありませんが、やってみたいと思いました。すると、ニーズが合いました。イギリスの学生は日本にとても興味があるのですが、意外と情報が発信されていない。そんな中で日本の学生たちと交流できるので、お互いの言語にとって非常にいい影響がありました。文法的に日本語を学ぶのではなく、互いに好きなことを調べてもらうプロジェクトをやってもらうと、さらに日本語に興味を持つようになりました。

鈴木

平仮名をやっと習った程度で交流を始めたのですね。英語力がないからといってプロジェクトはできない、しない、ということも言えなくなりますね。人間やはり興味ですね。

山中 はい。そうすると、かつての私と同じです。一回興味を持つといくらでもやる。イギリス人は、必要以上に時間をかけて勉強をしたりしないのですが、これは本当に一生懸命やっていました。日本に興味があって、日本語もとても面白い。しかも彼らはフランス語、ドイツ語などですでに傷ついています。そこをいくと日本語は新しい。
鈴木 ああ、なるほど。日本人が英語ができなくて傷ついているように、イギリス人も、フランス語やドイツ語と闘って傷ついてるのですね。日本語だと気持ちが新鮮だったのでしょう。
山中 だから、彼らは喜んで覚えましたし、変わった言葉だからやってみよう、と。
鈴木 そして、山中君はそういうイギリスの学生と日本の学生をつなげたい、鈴木研究室でサポートしてくれないかと連絡してきた。僕らがやった英語のプログラムは、何語でも当てはまる、日本語でも実証してみたいということでした。しかもそれをオンラインでしてみたいと。そこで、僕らも研究課題のひとつとして協力することとなりました。
山中

はい。そして日本の交換校は私がお世話になった岐阜県の梅林中学校の上手留美子先生にお願いしました。数学担当の上手先生は、生徒のことを考えて一生懸命面倒を見て下さるとてもよい先生です。先生も認めるように英語をペラペラ話せるわけではありません。しかし「総合的な学習」の一環として導入してみたいと言ってくださり、先生の総合学習の時間と、私の日本語クラスを結び、コミュニケーションをとれるようにしました。

鈴木

その日本の中学校の生徒も、話せなくてもみんな喜んで飛びついて、自分たちの好きな文化を紹介したんですね。これは本当の国際交流ですね。

山中 そうです。イギリス人も日本人も大人はどちらかというと控えめな性格なのですが、子どもはそんなことはなく、すぐに仲良しになり、とても楽しんでいました。
鈴木 ものすごい発信型だよね。
山中 はい。そのあとはお互いに手紙の交流をしあったりというようになりました。

さらに広がる交流の輪
鈴木

イギリスと日本の中学校をオンラインでつなぐ授業というのを山中君は1年くらい続けて、ますます人気になったと聞いています。しかし君はまだ大学に在学中で、休学届けを出してイギリスに来ていた。

山中 そこで2001年に、イギリスと日本の中学校をつないでこうなった、という実践内容や結果を、イギリスで毎年開かれる日本語学会で発表したいと申し出ました。論文のアブストラクトを英語で書いて提出したら通りました。
鈴木 その時山中君はまだ学部の3年生で、相手はみな大学の先生たちだったのに、通った。学部3年生で世界的な学会で論文を発表できたのは、私が知る限り君が第1号か2号です。
山中

はい。私が発表した部屋は一番大きな部屋で、マンチェスター大学の先生やBBCの方もいらしていて、いろいろな方々が興味をもってくれました。

鈴木 イギリスは昔から外国語教育に関心があるので、いろいろな人が来てくれた。SFCに入学したときは、3年で英語の論文が書けるようになるとも思っていなかった山中君の英語の論文は通じたし、ケンブリッジで発表することもできました。とても好評だったと聞いています。そこでマンチェスター大学の先生方とも知り合うことができたのですね。
山中

先生方もぜひ具体的に実践したいとおっしゃってくれました。

鈴木 その話を聞いた後、日本に帰国して3年生に戻り、私の研究会に入って、今度は本格的に私の英語のクラスとつないだ。
山中

マンチェスター大学の日本語のクラスと、いわゆるlanguage exchangeを始めました。
すると今度はその話を聞いて、オックスフォード大学の大学院が興味を示してくれました。

鈴木 今度は、修士課程、博士課程の方々が、私たちも参加したいと広がっていきました。その後もオンラインで繋げて、オックスフォード、ケンブリッジ、マンチェスター、メルボルン大学との交流が続いていますね。休みになると、お互いに訪問しあったりもしています。共同プロジェクトだから山中君自身も英語を使う機会がたくさんあると思うのですが、それについてはどう思いますか。
山中

頻繁に英語でメールを書いたり、読んだり、話したりしています。でもやはりプロジェクトの発想と同様、結局大事なのはお互いに何をするかという内容です。目指すところが同じなので、お互いに助け合いますし、反対に日本語に興味を持ってくださる場合もあります。

鈴木

今では、山中君はオックスフォードやケンブリッジの方々と、英語で対等に議論できる英語力を持っているよね。


今後の英語教育への夢
鈴木

山中君は私の研究会を中心に3、4年生を過ごして学部論文を書きました。その後、大学院に進み私の大学院プロジェクトに所属し修士を終えて、現在博士課程で、各国の教育プロジェクトを推進して来ました。これまでの経験を通して、これから英語教育をどうしていきたいと思いますか。

山中 私は子供のころ海外に住んだこともなく、日本で勉強してきました。しかしそういう人達は、英語難民のように英語が駄目というわけではなく、実は相当な基礎体力を持っていると思います。
鈴木 たしかに何の手当てもされていない英語難民が多いですね。ちょうどJICAや国連が難民キャンプに入っていくように、英語教育の先生もそうでなければいけない。できる人の面倒を見るだけでなく、できない人の面倒をみて手当をしなければ。英語難民をこれ以上出してはいけません。
山中

それから、今いろいろな所で教え始めて痛感するのは、インフォーマルなところでは、すでにおつりが来るくらい表現はできると思うのです。だから、もっと自信を持って、自分達のことをどんどん発信していくようにしたいと思います。必要なのは発信する場なのだと思います。

鈴木 それにはどうしたらいいと思いますか。
山中

やはりオンラインでしょう。オンラインはとても簡単に、しかも安価で、誰でも使用できるツールのひとつだと思います。

鈴木

私の研究室では今後どういうことをしようと思っていますか。

山中

マンチェスターの日本語科の学生1人1人と、日本の鈴木研究室の学生とで、1対1にパートナーを組み、スカイプやビデオ会議を使ってリサーチの内容を交換することを試みています。「こんにちは」というような単なる挨拶のやりとりではなく、内容やリサーチを交換するのです。それを通して彼らは日本語を勉強するので、お互いのリサーチ、つまり内容が外国語能力を引っ張っていくのです。

鈴木

外国語能力というと、読む、聞く、書く、話すとあるけれど、何が必要だと思いますか。

山中

おそらくコミュニケーション能力だと思います。これは定義することが難しいし、評価することは特に難しいと思うのですが、非常に重要で、評価されるべきだと思います。

鈴木

山中君のプロジェクトは、幼稚園児、小学生、中学生にも実践できて、また、イギリスやオーストラリア、アメリカ、アジアの中国、韓国でもできるということもわかりました。つまり誰でもどこでもできる、ということです。そうすると外国語能力だけでなく、プロジェクトの内容も評価したい、ということですね。

山中 そうです。
鈴木 その人の一生を通した評価視点というものをやろうとしています。客観数値ではなかなか出てこないものを、どう評価して、みんなに納得してもらえるかが鍵ですね。
山中 そうですね。外国語能力は、読む、書く、話す、聞くだけではなく、お互いが納得しているかどうかだと思うのです。そういう評価基準は、難しくはありますがきっとできていくと思います。
鈴木 そうですね。これから日本語だけで生きていけるということは少なくなっていくだろうから、幼稚園や小学校から外国語教育をどうしていくかということを考えていきたいと思っています。受身型ではなく、もっと子ども達が発信して、創造力を伸ばせるような、他の言語集団のネイティブカルチャーと文化交流ができるような、そんな空間を作っていく、それが学校の役割となっていくのではないでしょうか。これからも自分の体験を生かしてがんばってください。ありがとうございました。


鈴木の一口コメント
大学1年の時の山中君は、確かに英語を聞いたり話したりすることが得意ではなかったように記憶しています。ただ、この人には、物事をとても肯定的にとらえるという姿勢があり、できなければ挑戦してできるようになればいいという前向きの姿がありました。今でも鮮明に覚えています。1年のプロジェクトで教育についてリサーチしましたが、彼が高校時代に勉強したいわゆる受験英語を否定するのではなく、それを使えるようにしようという努力をプロジェクトの中で見事にやってのけました。いいことであれば、世の中で無駄にしていいものはありません。山中君は受験英語をプロジェクト発信型英語の中で再生した人の一人でしょう。そこにも、価値があります。将来は、これまでの経験を活かして、英語教育界をより活性化するために、全力を注いでくれるものと確信しています。

山中さん登場の以前のメルマガ:「e-Language in Action」


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