東京大学 佐藤愼一理事・副学長

  • print
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2012年秋、東京大学は2013年4月からの入学者を対象に、入学初年度を自主活動にあてる「FLY Program」を発表されました。プログラム発表後、いよいよ初の入学時期を控え、プログラムのねらいや、「グローバルでタフな」人材育成について東京大学 佐藤愼一理事・副学長にお話をうかがいました。 すべての学生にとって「大学4年間をどう過ごすか」という問題に向き合うヒントにもなるお話をお届けします。


FLY Program(Freshers’ Leave Year Program)とは
2013年4月入学者(教養学部前期課程)を対象とした初年次長期自主活動プログラム。入学後の1年間を休学し、学生本人が自主的に計画した社会貢献、海外体験、就業体験などの活動を行う。通常の大学生活の開始に先立ち、学生としての日常生活を離れた長期間の体験をすることで高校までの価値観や学びの意義を見直すことを目的としている。
4月末の参加決定後、学生は、メンターとなる教員や大学から情報提供などの支援を受けながら計画をブラッシュアップし、6月以降翌年3月までの活動を開始する。計画達成のために必要と審査されれば活動経費の一部は大学から支援を受けることができる。
FLY Program詳細は東京大学Webサイトをご覧くださ

キーワードは「多様性と相対化」「リセット」「主体性」

FLY Programとイギリスなどで行われている「ギャップイヤー」との違いはありますか?

FLY Programのモデルはギャップイヤーです。イギリスやアメリカの大学で積極的に進められているもので、期間が1年というのもほぼ同じです。どこが違うかと言うと、学生としての身分があるということです。ギャップイヤーは、合格が決まった後、入学を1年間猶予するというものですが、FLY Programは、大学に入学して特別な休学制度により一年間休学するというものです。我々としてもどちらにしようか迷いましたが、欧米と日本との社会的背景の違いにより判断しました。イギリスのギャップイヤーの歴史は19世紀までさかのぼります。歴史的に形成されてきていて、ギャップイヤーで何をしたらよいのか社会の経験として蓄積されています。日本ではこの制度はなじみがないわけですから、合格は決まったけれど入学までの一年間を学生としての身分がないまま待つというと、学生が不安に思うでしょう。また、1年間単に外国に行けば済む話ではありません。これは大変貴重な一年となりますので、学生にとってより良い体験をしてもらいたい、そのために情報提供など大学がやれることがあるわけです。それをやるには、イギリス・欧米型ではなく入学後のほうが良いということになり、入学後に休学するというシステムを選択しました。

FLY Programのコンセプトとしてキーワードをあげるとしたら何でしょうか?

まずひとつは「多様性と相対化」ですね。世界というのは多様ですよね。自分の育ってきた文化や価値観とは異なるものを体感してみることは自分の視野を大きく広げます。そして多様なものに直接自分で触れてみることで自分を見つめ直す、それが相対化するということです。この「多様性」と「相対化」はセットです。そのふたつを体験する機会がこのプログラムにはあります。

ふたつめは「リセット」です。大学の学びのためにリセットは絶対必要だと考えています。高校の勉強と大学の学問は根本的に違います。どこが違うかというと、高校の勉強は、「正解がある」ということが大前提です。それが如実に表れるのが受験勉強です。つまり問題は与えられるもの、与えられた問題には正解がある、そしてその正解はだれかが知っていて正解を教えてくれる、この約束事の上に受験勉強が成り立っています。そして、少々乱暴な言い方かもしれませんが、正解をいち早く導き出す技術のある者が、良い大学に入れると言うこともできます。一方で大学の学問は正解なんて誰も知らないし、そもそも正解がないかもしれないわけです。ですから、自分で問いを立てて挑戦しなければならない、そして答えは誰も教えてくれないというのが大学の学問です。

欧米の学事暦の多くは9月に始まって5月に終わります。おのずと3、4か月間空白があり、ゆっくり考える時間があります。しかし日本では3月に高校を卒業して4月に大学へ入学し、3月に大学を卒業して4月から就職、と全く切れ目なしに人生がつながっています。それは、我々は当然のこととして受け取ってきましたが、考えてみるとこれはおかしいのではないかと思います。高校の勉強と大学の学問と社会で働くということは、それぞれステージが異なります。それぞれリセットして次のステージの準備をする必要があります。学生が自ら動き、1年間海外体験を積んだり、日本国内でボランティア経験を積んでみたり、様々なことをやってみて、自分は大学で何を本当に学びたいのかと考えるような、そういう学生が少数でもいていいと思います。そういう機会を学生に提供したいと思っています。社会人になってから能動的に動くことの必要性に気づき、学ぶのでは遅いですよね。

次は「主体性」です。自分でやるということが3つ目のキーワードですね。大きな教室で先生が一方的に喋るような講義というのは、世界の中では時代遅れです。今の授業は双方向型になってきています。例えば、ハーバード大学のサンデル教授の「白熱教室」でも、学生に問いを発していますでしょ?あれは正解がないわけです。正解がない世界に学生をたたきこんで、「この問題に対して君はどう考える?」と問うわけです。このように、学生に考えさせる授業というのが世界の大学の主流になっています。受け身でやっていては、この激動の世の中を生き抜くことはできませんから。FLY Programを選択し体験することで「攻撃的な人生を大学合格とともに始めましょう!」ということです。

濱田総長が2009年4月に就任されて「タフでグローバルな東大生」というメッセージを出されました。グローバル社会で活躍できるためにはタフさが絶対必要です。しかし、タフだけではだめで、相手の言っていること、自分と異質なものを正確に理解し、同時に異質なものに対して自分を適切に表明していく、そういう能力と気力が必要だと思います。

東京大学 佐藤愼一理事・副学長

学生が活動を企画するにあたり、大学側から参加学生へのサポートをされますか?

大学がプログラムを用意してそこに入りなさい、ということはしません。プログラムを作るのは学生の判断であり、責任であり、選択です。それを大前提としていますが、これまで受験勉強をしてきた高校生が最初から良いプログラムをつくれるとは限りません。学生が安心して手をあげて、良いプログラムに取り組めるよう、プログラムを磨き上げる手伝いはしてあげよう、ということです。本学には約4000人の教員がいますからいくらでも専門家はいると思います。

サポート方法は3つあります。1つ目はメンターとなる教員を決めることです。外国へ行って誰に相談したらいいか困りますよね?メールや電話でやりとりをすることになると思います。2つ目は情報提供です。4月初旬に計画書を提出してもらいますが、その計画に基づき必要に応じて様々な情報を提供します。3つ目は資金援助です。基本的には、アルバイトをして自分で資金を稼ぐべきだと思うのですが、計画の中で時期的にアルバイトができなかったりすることもあるので、資金的なサポートを準備しています。

プログラム期間終了後、各学生の活動内容や結果については評価されるのでしょうか?

参加者には報告書の提出や報告会での発表をしてもらう予定です。単位にはなりませんが、活動内容を社会的に証明できるようにプログラム修了書を出す予定です。本学には学生表彰制度というものがあり、学業、課外活動、各種社会活動、大学間の国際交流等の各分野における顕著な功績を対象としています。FLY Programは「長期性、継続性」、「社会性、国際性」、「公共性、規範性」という3つの基準があり、これらを相当程度達成しているものは、表彰の対象になることもあるでしょう。

FLY Programで得られる経験は、企業も求めているものでしょうか?

高度の専門性は本学でも当然教えていますが、それだけでは戦えなくなってきています。国際的コミュニケーション力も兼ね備えていてこそ、はじめて企業でも成功できるわけです。以前、ある大手メーカーの子会社の半分が近い将来外国に出ていくと聞いたような記憶があります。専門知識を持っている人間をつくるだけでは、日本の社会で評価もされない、活かしていく場も与えられないと思っています。英語や中国語ができて日本語も日本人よりしっかりしていて、やる気のある外国人と、同じ基準で比べられるのがグローバル社会です。
FLY Programのコンセプトは先に述べましたが、そのような質の高い経験ができれば、企業からも高い評価を受けられると思います。

今の学生も危機感は持っているのだと思います。しかし、その危機感が「早く就職活動を始めて、早く就職すればいい」という危機対応になってしまっているんです。でも、今、どんな有名メーカー、大手企業に就職しても、定年までその会社が持つという確実な保証はありません。ですから、たとえ企業がつぶれても生き残る、日本だけでなく世界で戦えるというくらいの人間でないと生き残れないと思います。そういう人間になるために今頑張る、という方向に危機感を働かせてほしいですね。

FLY Programは、貴学が検討されている秋入学の導入へのステップのひとつとして考えられるものでしょうか?

タフでグローバルな人材・学生を育成するには、海外体験を積ませる、外国の異文化体験、サバイバル体験が一番いいと私は思います。今の学事暦は海外に行きたくても行きにくいものとなっています。そう考えると、海外の大学と学事暦をシンクロさせる必要があるわけです。そういう意味でいえば、「タフでグローバルな人材を作る」ということと、FLY Programの理念は一貫していますね。

専門を学ぶ前に、自分の裾野を広げてほしい

活動例のひとつとして海外ボランティアもあがっていますが、海外ボランティア体験をどう評価されていますか?

「海外ボランティア」には海外体験、ボランティア体験の2つが入っており、それぞれが非常に意味のあることだと思います。海外体験とは、日本を出て異なる文化的背景の中で異なる言語を話す人たちと出会って、そこで自分を見つめ直す体験。ボランティア体験は、自ら汗を流し貢献をしようということです。もちろん日本国内でボランティア体験というのも意味があります。ボランティアでなくても海外体験をしっかりしてくるのであればそれも意味があるでしょう。しかし、海外ボランティア体験というのは、まさに一挙両得なわけです。ただ、相乗効果は高いのですが、18歳の学生にとっては負荷も大きいかもしれません。ですから、1年間という間にまずは国内でボランティアをやった後、次のステップとして海外ボランティア体験に行く、もしくは海外体験をしてから海外ボランティア、というように段階を経ていく方法もあると思います。

せっかくやるのですから、どうしたら能力を一番発揮することができるのか考えて、良い体験をしてもらいたいです。旅行会社などが用意したものに入るよりも、自分で悪戦苦闘してプログラムを作っていってほしいですね。グループでの活動であっても、できれば世界各国から人々が集まっていて、そのグループに日本人は自分一人が入るというのが望ましいですし、そういう活動を是非やってほしいですね。どんな下手な英語でもいいんです、活動を通して下手な英語でも通じるんだということも学んでほしいと思います。

大学在学中にこれだけは経験してほしいということをひとつ挙げるとしたら何でしょうか?

まずは土台、自分が活動していく裾野をしっかりと作ってほしい。そのためには自分の専門だけやればいいということではありません。つまり、学生に一番体験してほしいのは、リベラルアーツ教育をしっかり行っている東京大学の良さというものをしっかり体験し、活かしてほしいとうことですね。本学の教育の最たる特徴はリベラルアーツ教育です。他の大学では入学時に専攻を決めますが、本学では、「レイト・スペシャリゼーション」と言って、入学から1年半経ったところで専門を決めます。その最初1年半は何をするかと言うと、先ほど申し上げた「リベラルアーツ教育」ですね。人生の土台をつくるような人・社会・自然などの教養全般について学びます。FLY Programもその教養教育理念の延長といえます。

全ての学生にやってほしいことは、『時間軸の「歴史」と空間の「世界」の中で自分を見つめ直す』ということですね。今私たちは21世紀の日本に生きています。普段当たり前だと思っていることを、歴史という時間軸のなかで、もう一度21世紀というものを考えてみよう、世界の中で日本にいるということを考えてみよう。そうすることで当たり前のことが当たり前でなくなるはずです。FLY Programではさらに、「今の自分は何なのだろう?」「自分の課題は何だろう?」と考え抜くことをやってほしいです。また、考え抜いたら文章にまとめてほしいです。自分を見つめ直すというのは、時間と体験が必要です。

東京大学 佐藤愼一理事・副学長

佐藤先生の考える「グローバル人材」とはどのようなものでしょうか?

色々な定義がありますが、まず一番分かりやすい例を申しますと、「国際的な会合に出席して日本人だけで群れない人間」ですよね。学会にしてもパーティーにしても、つい日本人で群れがちです。外国人と話すのは正直大変ですよね?異なる文化・価値観を持つ相手に、こちらがきちんと英語で説明しなくてはいけないわけですから。でもそういうところで日本人だけで群れてはいけません。国際的な場に身を置いたら国際的な友達を作る場です。ですから、国際的な場においてあえて日本人に背を向けるくらいの姿勢を持った人材ですね。

先日ある高校で「グローバル人材と言って、先生が思い浮かべるのはどなたですか?」と質問をされました。その時私が申し上げた方は、国連難民高等弁務官をされた「緒方貞子」さんです。まさにグローバル人材にぴったりくる方ではないでしょうか。

本学の考えるグローバル人材は豊かな語学力に裏打ちされたコミュニケーション能力をもち、異なる文化・異なる価値観を有した人たちに対する繊細な他者理解ができ、各自の専門性に沿った深い知識と学際的で公共的な構想力を基に、世界の中でリーダーシップを発揮し、奉仕する存在としてグローバル化社会における多様な問題に対処しうる人材です。「グローバルである」こと、いかなる状況でも主体的に考え能動的に行動できる精神的に「タフである」ことが本学が育成しようとしている人材の姿です。

これから海外への渡航を検討している読者へのメッセージをお願いいたします。

「多様なものとの出会いが、あなたを成長させる」ということを申し上げたいです。先ほどもパーティーの例でお話ししましたが、同質なものと群れていては成長しないんです。積極的に多様なものにどんどんぶつかっていくと、自分が当たり前と思っていることが当たり前でないことに気づくと思います。

―本日は貴重なお話をありがとうございました。

東京大学 佐藤愼一理事・副学長

【Profile】

  • 東京大学 理事・副学長
  • 佐藤 愼一 先生
  • 昭和44年6月東京大学法学部卒業
  • 平成5年4月文学部教授
  • 平成13年4月大学院人文社会系研究科長・文学部長【~平成15年3月】
  • 平成18年4月理事(副学長)【~平成19年3月】
  • 平成19年4月大学院人文社会系研究科教授
  • 平成21年4月理事(副学長)
  • 専門分野:近代中国思想史
    研究内容(著書):『近代中国の知識人と文明』(東京大学出版会)

 

他の記事も読む